ハーマン カンタータ「白鯨」:映画音楽の神、巨なる鯨を創造りたまえり

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ハーマン カンタータ「白鯨」

今年はすでにブログでコルンゴルト(1897-1957)、ジョン・ウィリアムズ(1932-)を取り上げたが、図らずして(いや、ちょっと図ったけど)、またしても映画音楽の作曲家の記事となる。バーナード・ハーマン(1911-1975)はヒッチコック映画の音楽で知られる作曲家。コルンゴルトの少し後、ジョン・ウィリアムズより少し前からハリウッドで活躍した。おそらく、最も有名なハーマンの音楽は、ヒッチコックの「サイコ」のあのシャワーシーンで流れる弦楽器の高音「ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ……」っていうやつだろう。こんな紹介の仕方ではヒッチコックのファンにもハーマンのファンにも怒られそうだが、これから紹介する音楽の話は日本でほぼ話題にならなそうなものを一応ちゃんと書くので、怒らないでください!


幼い頃から作曲の才能を発揮していたハーマン。10代になるとオケのリハ見学のためにカーネギー・ホールに忍び込んだり、図書館で敬愛するアイヴズの作品のスコアを勉強したりしていたそうだ。その後、ニューヨーク大学でグレインジャーに、ジュリアード音楽院でベルナルト・ワーヘナールに師事。1934年にはCBS交響楽団(ラジオ放送のためのオケ)の指揮者に就任。それからは作曲と指揮を両立させていたが、CBS響の解散に伴いハリウッドへ。ヒッチコックとの共同作業で名を上げることとなる。

上で紹介しているCDのブックレットに、1968年のロサンゼルス・タイムズ紙のインタビューが載っている。「好きな映画音楽作曲家は誰か」という質問に、ハーマンは次のように答えた。

ウィリアム・ウォルトン、マルコム・アーノルド、セルゲイ・プロコフィエフ、ドミトリー・ショスタコーヴィチ、ジョルジュ・オーリック、アーロン・コープランド、エーリヒ・コルンゴルト、ダリウス・ミヨー……アメリカは世界で唯一、いわゆる「映画音楽作曲家」を抱える国です。他の国には「映画も手がける作曲家」がいるものです。「映画音楽作曲家」になるにはまず優れた作曲家でなければならないし、私の同僚のほとんどは作曲家とは呼べないでしょう……。

なかなか手厳しいが、その一方で、ハーマンは「映画音楽は芸術ではなく商業だ」という考え方には否定的だった。むしろ、現代の作曲家としてそれらに取り組むことは価値あることで、真剣にそれらに取り組む作曲家へのリスペクトも持っていた。1971年にハーマンが語った内容も紹介しよう。

真の作曲家は音楽を書くあらゆる機会を歓迎しますし、逆に映画やラジオ、テレビなど、あらゆるメディアに音楽を書くことを嫌う作曲家は、忘却の彼方に追いやられる運命にあります……シンフォニストでないからといって、作曲家を非難することはないでしょう。プッチーニはオペラしか書けなかったし、ブラームスは決して書かなった。映画のために書くことで自分が劣化していると感じるような優れた作曲家を私は知りません。私はヴォーン=ウィリアムズに賛成です。彼は言いました、「30秒の尺で面白い曲を書ける方法などわからないというなら、それは映画ではなく、あなたに問題がある」と。ショパンの素晴らしい前奏曲の中には、30秒もないものがあります。もしあなたが貴重な才能を持っているためどんな境界線も厳格な規律も受け入れないのだというのであれば、それは何かが欠けているのです……。


ハーマンがCBS響の指揮者兼作曲家として活動していたとき、脚本家のルシール・フレッチャー(1912-2000)に、自身の小説の登場人物である米国の作曲家がどんな曲を作るかについて相談してきたそうで、そこでハーマンはメルヴィルの『白鯨』を用いたオペラを提案したそうだ。そこから実際に、自分でも作ってみようと思ったとのこと。ハーマンは子供の頃から『白鯨』が大好き。ハーマンの父は若い頃に捕鯨船に乗り、ベーリング海で難破しかけたこともあるらしい。そんな話も聞かされて、想像力を膨らませたのかもしれない。
CBSで脚本家を務めていた詩人ののW・クラーク・ハリントンと共に小説の舞台マサチューセッツへ赴き、彼にカンタータ用に改変してもらったテキストを用いて2年近く作曲に取り組み、1938年に完成。初演を担当したのはバルビローリとニューヨーク・フィル。バルビローリは若きハーマンの才能をいち早く見抜いた指揮者だった。この初演時、若きベンジャミン・ブリテンも客席にいたらしい。ハーマンはこの曲をアイヴズに献呈している。生前全く評価されていなかったアイヴズは、ハーマンに「私の名前を書いたらレンガを投げられるぞ」と忠告したそうだ。

オーケストラと男声合唱、テノールとバス(バリトン)による46分のカンタータ。まるでオルフの「カルミナ・ブラーナ」の冒頭のような雰囲気で‘And God created great whales.’と歌う合唱から始まる。創世記の抜粋、「神、巨なる鯨を創造りたまえり」である。続いてイシュメイルの語り。この段階でもう、オペラではなくカンタータで正解だったのだと、その神々しさに驚くだろう。続く合唱は賛美歌、小説の第9章(説教)にある、ヨナが鯨に飲み込まれる有名な四行詩である。
小説で言えば第36章(後甲板)、エイハブが船員たちに航海の目的と白鯨への執念を熱弁するシーンは圧巻だ。ティンパニが暴れ、金管が咆哮する。船長の声に答える船員たちのコーラスも良い。ここで初めて‘Moby Dick’という言葉が出る、これは小説もそうだったと思うけど、自信ないなあ。タシテゴ(釘打ち)が船長に言うのだ。タシテゴの歌も良いが、やはりこの章の最後、エイハブの‘Death to Moby Dick!’の力強さがこのカンタータ序盤のクライマックスだろう。
続く音楽は第37章(日没)、ここは「エイハブのレチタティーヴォ」とでも言えば良いのだろうか。『白鯨』という作品の重く暗い雰囲気を担う楽章でもある。バリトンの長い独白。それが終わると、今度は船乗りたちの日常とでも言おうか、第40章(夜半、前甲板)や第114章(鍍金師)から取った詞のコーラスに、ハーマンの真骨頂とも言える色鮮やかなオーケストレーションを堪能できる。様々な音色に複雑なリズムの音楽はまさに冒険譚の愉悦なり。楽曲全体の冒頭でもそうだが、ここは特にヴォーン=ウィリアムズの「海の交響曲」をも彷彿とさせる雰囲気だ。
カンタータも終盤へ向かう。静かな音楽と共に、詞は第132章(交響楽)より。この部分は小説でも一種の極致のような部分だと思うが、The Symphonyと題が付いていればやはり、音楽芸術として再構築する上ではいっそう重要だろう。イシュメイルの語りに続き、エイハブの‘Oh, Starbuck! it is a mild, mild wind, and a mild looking sky.’が、短く、しかし濃く、歌われる。美しいアリアだ。
続いて音楽はクライマックスへ。モビー・ディックを発見。第133章(追撃―第1日)と最終章である第135章(追撃―第3日)の描写。さながらミュージカル。スコアを見ていないので不明だが、シュプレヒシュティンメのように記譜されているのだろうか。海での闘いとその結末を、誰しも思い浮かべずにはいられない、想像力を喚起させる音楽だ。

多くの音楽家や評論家から絶賛され、後のハーマンの映画音楽を予期するとも言われる。その割に、すぐに聴ける録音がここで挙げているCHANDOSのシェーンヴァント指揮デンマーク国立響&合唱団のものくらいしかない。↓にリンクを貼ったが、バルビローリ指揮の初演のCDがあるようだ。米国オケの現代の演奏や録音がもっと気軽に聴けても良いものなのだが……。僕がこの記事を書こうと思ったのは、先日ダーレン・アロノフスキー監督の映画「ザ・ホエール」を見たから。『白鯨』に関するエッセイが重要となる作品だったので、僕も白鯨の音楽についてのエッセイを書いてみようと思った次第。ここで書いてアピールして、演奏機会が増えることを願おう。


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Author: funapee(Twitter)
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