サラーテ 小夜想曲:スペインの星月夜

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サラーテ 小夜想曲

「ツィゴイネルワイゼン」で有名なサラサーテという作曲家がいるが(昔カルメン幻想曲についてブログに書いています)、スペインにはサラーテという作曲家もいるらしい。日本で言えば田井中さんと田中さんのような感じなのだろうか。フィンランドにはサラステという指揮者もいる。それはともかく、今回紹介したいのはホセ・サラーテ(1972-)という作曲家。マドリード生まれで、オペラや合唱から室内楽まで、幅広く作曲している。インターネット上には古い記事が多く「スペインの音楽界の重要な若手」などと書かれている。もはや重要な中堅だろう。スペイン国内はもちろん、諸外国でも活躍しているそうだが、おそらく日本での知名度は皆無に近いと思われる。紹介しがいがあるというものだ。
先日、ドイツのピアニストであるキャロリン・ダナーのアルバム“Spanische Impressionen”を聴いて、ファリャやラヴェル、スカルラッティ、ドビュッシー、グラナドス、アルベニスらのスペインにまつわる作品群に並び、サラーテのPequeños Nocturnos(小夜想曲)という4つの作品が収録されていた。初めて聴いた曲で、これがとても良かった。


調べてみるとSeveralia Músicaのページに少し解説が載っている(リンクはこちら)。Javier Cembellínというピアニストが録音した、サラーテ作品集の紹介で、上に画像を貼っているゴッホの『ローヌ川の星月夜』がジャケットのCDについての記述だ。これもサブスク配信にあったので聴いてみた。他のサラーテ作品も聴けるし、演奏も大変素晴らしい。その解説では次のように書かれている。

ホセ・サラーテはその作品において、多くの詩人にインスピレーションを与え有名なフライ・ルイスの詩で頂点を迎えた、静謐な星降る夜に注意を払ってきました。彼の幅広いピアノ作品の中には、このような共通点を持つ作品がいくつかあり、このCDではその全てが演奏されています。

このゴッホのジャケットのCDはサラーテの星降る夜にまつわる作品を集めたものだということはわかった。あとは有名なフライ・ルイスの詩で頂点を迎えたというのが、ちょっとわからない。これも調べてみる。おそらく、フライ・ルイス・デ・レオン(Fray Luis de León, 1527-1591)というスペインの詩人のことだろう。日本大百科全書によれば、「伝統的中世スコラシズムと人間中心のルネサンス思想の対決時代に、両者を調和的に統合しようとしたアウグスチヌス会士、サラマンカ大学教授。該博なヘブライ語学と厳密な科学性を駆使した『雅歌』の翻訳では、そこに含まれる肉感的、情愛的側面に光をあてるなど、ルネサンス人特有の姿勢もうかがえ、ために異端の嫌疑をかけられて5年ほどバリャドリードの獄中にあった」とある。なるほど。つまり、16世紀スペインの凄い詩人ということだな、わかったわかった。

Fray Luis de León, 掲載元:Wikipedia

ところで、星降る夜についての詩は、このルイス・デ・レオンで頂点を迎えたんでしょうか。日本大百科全書ではわからないので、もう少し調べる。野村竜仁さんという研究者が、レオンの対話篇である『キリストの御名について』に書いた論考で、「フライ・ルイス・デ・レオンの理想的な世界観としてしばしば指摘されるのが、夜の静寂、あるいは星辰の調和である。夜の静寂は彼の詩作品などの主要なテーマとなっており、 その重要性はつとに指摘されている」とあった(野村, 2014)。そうなのか……。

レオンは有名な詩人だそうだけど、Wikipediaを見ても日本語だけないというくらい、日本での知名度はない。彼の詩で有名な星に関するものはないのかと、もう少し調べる。ブリタニカには、レオンの有名な詩として“Noche Serena”(1571; “Serene Night”)が載っていた。これだろう。穏やかな夜、静謐な夜、といったところ。琉球大学法文学部の欧米文化論集(2011)では「夜のしじま」とあった。こっちの方が風情があるかな。詩の邦訳は見当たらなかったので、英訳のページを貼っておきます(リンクはこちら)。米国の文学者Thomas Walsh(1875–1928)の訳だそうです。これくらい参照したら、もう十分でしょう。さあ、音楽を聴きましょう。


聴きながら、レオンの詩の英訳を眺める。時代も宗教も違うけど、自分を見つめたいなと思うようなときにこそ夜空の星を見上げてしまうというのは、共通なのかなあと思ったり。2月に書いた「眠れない夜は空を思ってる」の記事を自分で思い出す。静かな星空が人に与えてきたもの、それを受けて自分も何か描こうとして表現したもの、詩人も画家も音楽家も、いつでも、どんなときも、通じ合うものがあるのかもしれない。
サラーテの小夜想曲は1997年の作品。4つの短いノクターン集。第1曲Très Calmé Et Rubato、非常に穏やかでルバートに。ぼやけた旋律と和声だが、決して嫌気はなく、夜の穏やかでどこか神秘的ですらある雰囲気。人の気配はないが、徐々に暗闇に目が慣れてくると、何かしら見えてくるのかもしれない。
第2曲Andante Moderato、まさかここでスペイン民謡風の旋律が現れるとは思わなかった。直接的だが、夜の静謐さは壊れることがない。単音の旋律と、単音の伴奏。リズムを生かし、ハーモニーを削り、どこか調子外れにしたこの絶妙なバランスに唸ってしまった。これは紛うことなきスペインの夜だ。行ったことないけど。
第3曲Molto Tranquillo e Pausado、最も静かに、そして落ち着いて、とある。ここでも、少しアルベニスやグラナドスの影を見る。2分で終わる短さだが、感情の高ぶりもある。最も高ぶる瞬間こそ、静かで落ち着いた音楽であるべしということなのか。
第4曲un Peu Plus Animé、少し活気をもって。夜の街でもあり、見上げた先の星空でもあるような、天と地、人と宇宙、そういうものも考えてしまう。何の気なしに流れていたら、ただの小洒落たピアノバーのBGMかもしれないが、対峙すれば違う。星空もそう、背景になることもあれば、時間と空間それそのものになることもある。

美術史家のSalvador Salortは、この曲について、「個人的に、サラーテの音楽、特に彼のピアノ作品は完璧に私達の住む世界から産まれたもので、美と大衆的な官能性に満ちています。『小夜想曲』の第2曲、ピアノのためのAndante Moderatは、ゆったりとしたリズム、切り取られた音、そして抗いがたい官能性など、スペインの伝統的スタイルの驚異に満ちています」と語る。20世紀末の音楽だが、スペインのピアノ音楽の伝統に根ざしていると言える。もっと言えば、古の詩人たちと同じインスピレーションも受け継いでいるのだろう。


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