エル=コーリー ヴァイオリン協奏曲第1番「どこからともなく国境に」:レバノンのクラシックを聴こう

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El-Khoury: Concerti for Violin, Horn & Clarinet (Live)


エル=コーリー ヴァイオリン協奏曲第1番 作品62「どこからともなく国境に」


ビシャーラ・エル=コーリー(1957-)はレバノン生まれの作曲家で、後にフランスに移住し現在も大活躍しているまさに「レバノンの英雄」である。アル=フーリーの表記もあるが、同名の政治家(レバノンの元大統領)と区別するためにエル=コーリーを用いたい。定まった日本語表記があるほど有名ではないが、ナクソスからいくつかCDが出ているので、すぐに聴くことはできる。
いやいや、レバノンの作曲家ですよ。いつ聴くの?今でしょ。時事ネタ的にはイランの作曲家を紹介した方が良さそうになってしまったが、知らないし。まあ、レバノンの作曲家だって、正直全然知らなかった。だからこうして紹介するけれども、別に専門家でもなんでもないのであしからず。それでも、こういう機会に聴いてみようとするのが好奇心ってやつであり、実際に聴いたあなたはもう、新しい世界に一歩足を踏み入れたのだ。
そんでもって、適当に検索したら、レバノン生まれでフランスで活躍している作曲家の、「どこからともなく国境に」という、会心の一撃のような副題の付いた曲を見つけてしまったのだ。これはもう、今聴くしかないでしょう。本当に、つい最近作曲されたのかと勘違いしてしまうほどだが、1999年から2002年の作である。2002年レバノンのベイルートで開催されたフランコフォニー国際機関の第9回サミットのための委嘱作品で、エル=コーリーの他の多くの作品の中でも非常に完成度の高いものに思われる。
彼の作品には副題を持つものが多く、「河」や「嵐」などの自然描写や、「ベイルートの廃墟」をはじめレバノンの風景に基づくものなど、直接的にそれらを表現する音楽もあるが、今回取り上げるヴァイオリン協奏曲や、ホルン協奏曲「暗い山」やクラリネット協奏曲「秋の絵」など、タイトルはあるもののはっきりとした標題音楽というよりも絶対音楽寄りな作風、という曲も多い。


ヴァイオリン協奏曲の副題である「どこからともなく国境に」というのはHMVのサイトに書いてあったのをそのまま持ってきたが、原題は“Aux frontieres de nulle part”で、英訳すると“On the Borders of Nowhere”となり、「どこでもない場所の境界で」という感じだろうか。詳細は不明だが、フランコフォニーのための作品と考えると、なんとなくボーダーフリー的な雰囲気なのだろうか。知らんけど。決して監視の目をくぐって知られずに関空の保安検査を突破して国境を越えるという意味ではない。
伝統的な3楽章構成だが2楽章は丸々カデンツァになっている。メシアンの提唱した「移調の限られた旋法」の第2番が用いられ、調性の支配から逃れた独特の浮遊感があり、また同時に色々な調の持つ雰囲気の混ざりあったような響きがする。そのあたりフランコフォニーっぽいかもしれない。
普通の人は聴きながら「あ、これはメシアンの旋法何番!」とか意識しないと思うが(僕もオタクではないのでしません)、ある程度クラシック音楽を知っていれば、この曲の1楽章を聴き始めてすぐにアルバン・ベルクのヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出に」がよぎるだろう。しかしもっと柔和である。あるいは冒頭だけならデュカスの「魔法使いの弟子」のよう。どこにいるのかわからなくなるような、不思議な感覚。管楽器とグロッケンがジングルになって、どこかへ連れていかれるような。打楽器と金管楽器が場面の転換を告げると、ソロ・ヴァイオリンも主題を奏で、やっと動きが出る。オーケストラはドビュッシーを彷彿とさせるところもあり、自分の知っているフランスの管弦楽曲の断片が浮かんでは消える。
2楽章のカデンツァ、4分ほどの無伴奏作品を聴いているかのようだ。イザイのようでもあるがそこまで甘過ぎず、ブーレーズのようでもあるがそこまで辛過ぎず、バルトークのようでもあるがもっと無国籍(多国籍かも)のようだ。テクニカルでもあり、ヴィトマンのエチュードも思い出した。そもそもレバノン風をよく知らないが、あえて「どこでもない」(≒どこでもある)を作為的に創出しているようにも思う。
3楽章も、ヴィトマンのような雰囲気もあるが、そこまで攻撃的ではなく、もっと淡く朧気な雰囲気だ。ややはっきりした調性を感じるところもある。ふとカデンツを意識してしまうような、うっかり感動してしまいそうなところもあるが、やはり全体的にはふわっとしており、とらえどころがない。淡さにトロンボーンやチューバの強奏が映える。テンポや拍子の感覚も絡み合いギクシャクしているが、それでもなんとか不思議なパワーバランスで動き続け、熱いフィニッシュ。


僕も最近(ゴーンがレバノンに逃亡してから)知った作曲家だが、もっと調性や旋律が聴きやすい曲もあった。それでもこれを選んだのは、曲名が面白いというかピッタリというか「どこからともなく国境にって、それもうゴーンやんけ!」という他愛もない理由からだ。でも聴いているうちに、上でも書いたが実は他の曲と比べても抜きん出た傑作なんじゃないかと感じるようになった。きっかけはなんでも良いのだ。ただ聴いて、心に残らなければドンマイ、心に残ればその印象を大事にする、それだけ。


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Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

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