ヴラディゲロフ 7つの交響的ブルガリア舞曲 作品23
我々はブルガリアについてあまりにも知らない。絶望的に知らなすぎる。劇場ではヨーロッパ各国の作曲家や演奏家に触れ、CDでもYouTubeでもクラシック音楽を毎日聴いていながら、ブルガリアのクラシックのことは、何も知らない……。
と、ヘッセ風に書いてみたが、やはりヨーグルトのイメージのブルガリア、実はクラシック音楽を聴く人にとっては注目すべき国ではないかと思う。僕はロシアの放送局を聴くようになって、時々流れるブルガリアのピアニストなどを聴くにつけ、もっと掘り下げないといけないと痛感するし、ここも相当の「沼」だなあと思う。
そういった話はまた、もっと僕が詳しくなったら語ってみるとして、今回取り上げるのはパンチョ・ヴラディゲロフ(1899-1978)という作曲家。ブルガリアの作曲家の中では、まだ有名な方に属するのではないだろうか。日本語のWikipediaもあるくらいだし。それでも、初めて名前を目にする人も多いだろうし、彼の作品をいくつも聴いたことがあるという人は少ないだろう。
ブルガリアのクラシック音楽界隈で世界的知名度が最も高そうなピアニスト、アレクシス・ワイセンベルクの師匠にあたるヴラディゲロフは、自身もピアニストとして活動したため数多くのピアノ曲を残したのはもちろん、歌劇や管弦楽曲、協奏曲、合唱曲など、幅広いジャンルの作品を残し、またブルガリア国民楽派の第一人者でもある。
ピアノ曲は録音もそこそこあるが、僕が初めて知ったのはヴァイオリニストのレオニード・コーガンによるブルガリア狂詩曲「ヴァルダル」のヴァイオリンとピアノ版の録音だ。この曲はヴラディゲロフの代表作の一つであり、オーケストラ作品であるが様々な編成にアレンジされて演奏されている。
今回オススメする「7つの交響的ブルガリア舞曲」(1931年)もオーケストラ作品で、2007年にCPOからホリア・アンドレースク指揮ベルリン放送響で録音が出ていたようだが、僕は昨年出たナイデン・トドロフ指揮ルセ・フィルの録音で初めて聴いた。これが実に楽しい、良い曲なのだ。
第1曲から、オーケストラの楽しさ、舞踊音楽の楽しさが溢れ出す。とにかく生き生きとしている。5拍子の朗らかなメロディに、思わず踊りたくなるだろう。もちろんどんな踊りかは知らないけど。ただ明るいだけ、楽しいだけでないのが、この辺りの民族音楽の持つアンビバレントな魅力である。打楽器ファン的には、スネアの活躍がおいしい。打楽器だけでなく、全体がいい意味で吹奏楽チックである。
第2曲のかわいらしさ!これにやられた。チャイコも驚くプリティーな音。チェレスタのような音もするが、何の楽器だろうか。とりあえず鍵盤打楽器は大活躍するし、フルート、ピッコロはじめ木管楽器と、艶のある弦楽器のオブリガード。かわいいメロディを支える伴奏のコード展開は作曲者の腕の見せ所だ。
第3曲は聴いてすぐに強く感じる東欧の雰囲気が良い。アッチェルランドできりきり舞いして高まっていく舞曲も、やはりオーケストラの大編成でやるとスケールが大きくて迫力満点。
第4曲、7曲の中心に位置する曲だが、これも東欧風を感じる長い旋法的な音楽だ。舞曲の組曲だから常に動きがあるものの、ここでやっと落ち着いたインテルメッツォが聴けるねと、ほっとするアンダンテ・コン・モート。それでも細部までこだわるオーケストレーションでゴテゴテに彩りを添えられている。
第5曲も聞きものだ。チム・チム・チェリーに似たメロディからは独特な哀愁が漂う。やや先輩の年齢にあたるバルトークの面影も見え隠れする。一応5拍子のようだが、早い2拍+3拍で頭にアクセントがあり、「タンターン、タンターン」と進行するリズムが心地良い。これはかっこいい曲だ。
第6曲は慎ましい雰囲気だが、こういう曲が実は最も重要だったりする。正統派の緩徐楽章が来た、やっとか!と思ったのも束の間、7拍子の中間部も面白くて引き込まれる。
第7曲、これもやはり変拍子だが、疾走するのではなくミドルテンポで、じわりじわりとオスティナート、これがまたたまらない。ここではやや後輩の年齢にあたるハチャトゥリアンの面影も。吹奏楽ファンならアルメニアン・ダンスを思い出すかも。力強いリズムは衰えずにフィニッシュへ。
ブルガリア音楽もなかなかの「沼」で、底しれぬ深さと情報の少なさにたじろぐのだが、この曲はCDのブックレットにもあったように、まさにブルガリアの音楽を世に知らしめる決意表明のような作品であり、ここを起点に沼にハマっていけばヴラディゲロフも喜ぶに違いない。
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more