ハイドン ピアノ三重奏曲第18番(32番):今も昔も、プロもアマも、弾くも聴くも

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ハイドン ピアノ三重奏曲第18番(32番) イ長調 Hob.XV:18


僕はたまたまピアノ三重奏という編成が好きなので、古今東西色々な曲を聴いて楽しんでいる。そうすると感じるのは、ハイドンのピアノ三重奏曲はどうも扱いが特殊だなということ。初期作品を除けば決して録音が少ないわけではない。しかし録音を漁っていると、「ピアノ三重奏曲全集」という録音の比率が多いことに気づく。つまり、世の中には「ハイドンのトリオをコンプリートしよう!」という気合十分なトリオが多く、逆に「どうしてもハイドンのこの曲だけはやりたい!」という、1曲単位で演奏しようというベクトルで気合十分なトリオは少ない……いや、それでも有名作曲家なのでマイナー作曲家に比べれば少なくはないが、他の有名作曲家に比べると、そういう個々の曲に熱意を持って扱われることが、ハイドンのピアノ・トリオに限ってはあまりない気がする。
これはまあ、ピアノ三重奏曲好きの人間の所感であり、そもそも一般的には見向きもされないのが現状というか、これを書いている2022年6月の段階でWikipediaの日本語ページを持つハイドンのピアノ三重奏曲は1曲たりともないことは指摘しておこう。交響曲の父ハイドン、彼の室内楽であれば弦楽四重奏曲は大いに人気がある一方で、40曲以上もあるピアノ三重奏曲はさほど人気がない。
ピアニスト・音楽学者のチャールズ・ローゼンは、著書の中でハイドンのトリオを「モーツァルトの協奏曲と並んで、ベートーヴェン以前の最も輝かしいピアノ作品」と評している。本当に輝かしい音楽だと思う。


18世紀の終わり頃、ピアノ三重奏曲という編成は当時の音楽愛好家たちにとって非常に人気だったそうだ。アマチュアでも演奏しやすい編成で、楽譜を出せばよく売れたため、出版社からの依頼も大きく、それがハイドンが多く作品を残した理由の一つでもある。
僕は今年、シューベルトのピアノ・デュオ作品をよく聴いているのだが、シューベルトが19世紀初めに4手のためのピアノ作品を多く書いたのも、いわゆる良家の娘のたしなみとしてピアノを習うことが多く、家庭内で、かつ複数名で演奏をしたいというニーズがあったからだ。ハイドンのピアノ三重奏曲が、ヴァイオリンやチェロよりもピアノに技巧的・音楽的な重きを置かれているのも、弦楽器よりも鍵盤楽器の方がアマチュアで弾ける人が多かったなど、社会的な要因があったのかもしれない。3楽器が平等に活躍するベートーヴェンなどと比べて、ピアノの偏重をもってしてハイドンを劣るとする見方は浅薄だろう。ともあれ、弦楽四重奏曲よりもいっそうアマチュアが楽しむ目的で生まれたのがハイドンのピアノ三重奏曲だ。もちろん、易しい作品ばかりではない。そこはハイドン、しっかりと高品質の音楽になっている。


ということで、数多く残るハイドンのピアノ三重奏曲から、今回取り上げるのは18番イ長調。ホーボーケン番号では18だが、ランドン版では32番になっている。
ハイドンのピアノ三重奏曲集について概説すると、1750-1770年代作の初期作品が十数曲。ロンドンの出版社の依頼で1784年に作曲開始したのを皮切りに1790年頃までに10曲ほど書いた曲以降は後期作品と呼ばれ、その後、数年間の空白(この間にフルート、ピアノ、チェロのトリオを数曲残している)を経て、1793年から再び作曲開始、1979年までほぼ毎年何曲かは書いている。
18番のトリオは、この数年の空白を経た後の1793年に、最初に書いたトリオとされている。後期作品群のうち、さらに後半、まさしくハイドンの「輝かしい」ピアノ三重奏曲レガシーの始まりの曲とも言える。2回目のロンドン旅行がきっかけで当地の出版社から依頼があり、18~20番までの作曲がセットで出版。パトロンであるアントン1世の妻マリアに献呈。


1楽章、始まりの力強い3つの音が印象に残る。この冒頭のインパクトの直後に、高貴で叙情的な旋律の掛け合いを持ってくるのも良いし、かと思っていると奇妙な位置にアクセントが付いていたりして、こうしたギャップというか裏をかくというか、こうしたハイドンの仕掛けた聴く人を惹き付けて捉える罠、小技に、彼のセンスの良さが出る。和声やテンポを変えて聴く者の注意を引く場面でも、決して劇的に過ぎることはなく、常に上品で寄り添うような雰囲気は崩れない。そこがハイドンらしいというか、凄いところだ。
2楽章はアンダンテ、イ短調でエレジー風ないしシチリアーナ風の、短調と長調の間をゆらゆらとたゆたう音楽。この美しさ、まるでシューベルトの緩徐楽章を予見するかのようだ。続けて入る3楽章はアレグロ、シンコペーションや特徴的な装飾音符が楽しい。ハンガリー風ということになるのだろうか。疾走感ある高速演奏も心地良いし、あまり速く弾かずとも(実際当時のアマチュアは現代のプロのように速く弾くのは不可能だっただろう)、縷縷と連なる音、表出する律動には心躍る。
全体的にシンプルな構成要素だが、それでも特にピアノは非常にヴィルトゥオージティを感じる。特に1楽章などは、きちんとアナリーゼしたら非常に面白いというか、掘り下げがいのある、謎の多い音楽なんだろうなと思う。単なるディヴェルティメント風音楽を脱した後期トリオの深みなのだろう。それと同時に、現代人にとってはゆっくりリラックスして聴くのにも合う古典派らしい品の良さがある。今も昔も、プロもアマも、弾く人も聴く人も、広く楽しめる音楽だと思う。


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