モーツァルト ディヴェルティメント 変ロ長調 K.254:つまり……おもしろい!

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モーツァルト ディヴェルティメント(ピアノ三重奏曲) 変ロ長調 K.254

最近はクラシック音楽ではなくTVアニメ「アイカツ!」シリーズの話ばかりしており、先日も長文記事を書いて満足しているところ。クラシック音楽ブログを自称するのもためらってしまうのだが……面目を保つためにも、クラシック音楽の話をしよう。
さて、「ディヴェルティメント」とは何なのか。エチュードは練習曲、ノクターンは夜想曲、レクイエムは鎮魂歌、シンフォニーは交響曲など、音楽以外にも使われる用語として定着した「音楽の種類を表す言葉」は沢山あるし、ときどき日本語表記にした「奏鳴曲」や「追走曲」が、これ読める?という風にSNSで取り上げられたりする。これはソナタとカノンだけども、こういうときにも「ディヴェルティメント」はあまり登場しない。
ディヴェルティメントは日本語だと「嬉遊曲」と表される。嬉しい、遊びの曲なのか? 「嬉遊」というのが、楽しく遊ぶという意味の古い言葉で、正岡子規や高浜虚子が用いている。

「例へば蝶といへば翩々たる小羽虫の飛び去り飛び来る一個の小景を現はすのみならず、春暖漸く催し草木僅かに萌芽を放ち菜黄麦緑の間に三々五々士女の嬉遊するが如き光景をも聯想せしむるなり。」

正岡子規『俳諧大要』

「現代の人間の生活は昔の人の生活とは違って、一方には営々として衣食を得るために働き、一方には花鳥風月と共に嬉遊しておる余裕を持つようになっておるのであります。」

高浜虚子『俳句への道』


語源はイタリア語のディベルティーレ(divertire)で、楽しい、面白い、気晴らしといった意味の言葉。明るく楽しい曲ということだ。決して一般的には知名度の高い言葉ではないが、一応お知らせしておきますと、「アイカツ!」が好きな人は皆「ディベルティード!つまり…おもしろい!」という作中の名台詞を通してスペイン語の方を覚えてしまっている、大変有名な言葉です。音楽ではディヴェルティメントがよく使われるが、フランスの作曲家はフランス語のディヴェルティスマンを用いることもある。


今回取り上げるディヴェルティメントK.254の話に移ろう。モーツァルトが20歳の頃に書いた、ピアノとヴァイオリンとチェロのための三重奏曲としては最初の作品。モーツァルトはピアノ三重奏曲を5~8曲(数え方で変わる)作曲しており、他の曲はモーツァルトが29~32歳頃の作曲である。
当然、全集の録音も多々ある訳だが、そこで「ピアノ三重奏曲第○番」と書かれた曲と「ディヴェルティメント」と書かれた曲を見ると、やっぱり前者の方が完成品で、後者の方はちょっと低く見られるがちではある。「モーツァルトがピアノ三重奏曲って名前にしていないってことは、習作とか、本気の作品ではないのか?」と……これはクラシック音楽を聴くのが好きな人にとっても、また演奏する人にとっても罠である。確かに他の様々なクラシック作品において、実際にそのような場合も多々あるのだが、各々の曲を作曲家がどう認識していたかは一つ一つの事例を調べないとわからないにもかかわらず、どうしても条件反射的にそう思ってしまいがちだ。この曲に関しても、そこは非常にナイーブなところなので、以下にちょっと書いてみる。


まず、モーツァルト自身のこの曲の扱いについて触れておこう。1776年に書かれたK.254は、自筆譜では「ディヴェルティメント」と題されている。先に挙げたような楽しい音楽という意味もあるだろうが、モーツァルトはディヴェルティメントを「室内楽曲」とほぼ同義で用いていたという説もある。手紙などで、このK.254のことを「ピアノ三重奏曲」と呼んだこともあるそうだ。その後、未完成のトリオK.422を経て、1786年に初めて自ら「三重奏曲」と名付けたピアノ三重奏曲(K.496)を作曲する。
ディヴェルティメントK.254は、家庭向きというか、自身や家族(姉ナンネルや父レオポルト)のほかアマチュアやセミプロ奏者と一緒に演奏することを想定しており、ピアノが主でチェロは低音の補強、ヴァイオリンはピアノとやや対等な扱い。モーツァルト自身はピアノかヴァイオリンを担当して弾いたという記録がある。


モーツァルトだけでなく、当時はこうしたピアノ・ソナタに弦楽器伴奏が付くタイプの室内楽がよく作られていた。現代から見れば、3つの楽器が対等に扱われているピアノ三重奏曲に比べると未熟なような気がしてしまうのも、わからなくはない。しかしまあ、そこを批判したら古い曲なんて何も聞けなくなってしまうし、このようなピアノ偏重は何もこの曲が若書きだからとか、ディヴェルティメントだからとか、そういう事情でもない。モーツァルトのピアノ三重奏曲は後年の作品を見てもどれもそんな感じだ。例えばチェロの活躍が多くなったり、ヴァイオリンに低音域を弾かせたりするのは、主にベートーヴェン以降の話。それでも、モーツァルトの曲は当時としてみればピアノ以外の二者も活躍する方ではあった。


僕はモーツァルトも好きだし室内楽も好きなので、よく部屋で流すんだけど、全集では大体、CDの一番初めにあることが多い。最初にあるとやっぱり一番多く耳にすることになるので、ある意味、最も親しんでいる曲でもある。ただ、逆に全集以外では中々お目にかからない曲でもある。
全集以外にないというのは、ディヴェルティメント1曲だけ取り上げて録音するほどの曲ではないと思われているのだろうか、それとも意外と生演奏では取り上げられているのかしら……なんか心配になってしまって、僕はこうしてわざわざ1曲だけ取り上げてブログに書こうと思った次第だ。「ディヴェルティメント?なんか軽い曲なんじゃないの?」とか「これだけ他より若書きってことは、未熟なんじゃない?」とか、そういうイメージに左右されずに、まずは無心で楽しんでいただきたい。


3楽章構成で20分ほど。第1楽章Allegro assai、終始ピアノが主役を務め、弦楽器はというと、ピアノのメロディを時に和音で支え、時にちょっかいを出し、魅力を一段と高める役割。冒頭の和音が生み出す音の響きといい、三拍子で軽やかに進む曲調といい、「いかにもクラシック音楽」らしい雰囲気。それが好きで、よく部屋で流している。なお、展開部ではニ短調に変調するのだが、ここから再現部に戻る過程が面白い。変ロ長調に帰るためにドミナント(ヘ長調)を求めて、ピアノとヴァイオリンが交互に旋律を奏でるんだけど、これがなかなか、スッと行かない。そのもどかしさも若きモーツァルトの魅力なのだろうか、結構ウロウロとさまよったあげく、なんとチェロが先走って単独でヘ音を弾き始めるという……付属的な役割しかしないチェロが急にソロ(単音だけど)でそんな仕事をかましてくれる。実に面白い。
第2楽章Adagio、この楽章の始まりはヴァイオリンのメロディ。ちょっと主従が交代する。結局ピアノがそれを拾い上げてから「どっちが主役か教えてやろう」みたいになるんだけども。このディヴェルティメントはヴァイオリンの活躍が目立ち、ある程度力量のある奏者が弾く想定で書かれている。モーツァルトが演奏した当時は、ヴァイオリンが上手い人と聞いていたから大丈夫だろうと思って弾かせたら2楽章で落ちてしまった、なんてこともあったようで、やはりそれなりに難しいようである。
第3楽章Rondo: Tempo di Menuetto、イタリアで学んだ音楽が活かされているというロンド。高貴な宮廷の音楽のような雰囲気もある。ここでもヴァイオリンはかなり花を持たせてあるが、一方でチェロの動きはごく限られている。全体を通してチェロは補助的な働きに徹し、音数自体も少ないけれども、これはこれで良いというか、出番の少なさが生む独特の味があるように思う。チャールズ・ローゼンは、トリオにおけるチェロの相対的な独立は、非常に多くの「沈黙という区画」を代償として用いることで成り立っていると指摘している。モーツァルトの後期作品などでもあるように、音の数が多ければ良いというものではなく「いかに省くか」という観点があると思うのだけど、それは初期からあるのだなと、その萌芽のようなものを感じ取ることもできるだろう。そんな風に聴くのも面白い。

もちろんモーツァルトの真意はわからないけど、楽しもう、楽しませようという音楽であることは確かだ。僕は↓のリンク1つめボザール・トリオの演奏を一番多く聞いているし、基本的にピアノが主役の演奏ばかりだが、最近よく聴いているHungarotonレーベルの録音(↓の2つめと記事最初の画像リンク)、ヴィルモーシュ・サバディ(vn)、チャバ・オンツァイ(vc)、マルタ・グヤーシュ(p)の2016,17年録音は、ハンガリーの重鎮三名がそれぞれの個性出しまくりで面白い。モーツァルトは当然ピアノをメインにしようと考えていたに違いない。しかし、こういう演奏も良いものだ。シンプルな音楽ではあれど、モーツァルトの作風やら様々な演奏の違いやら、多方面から捉えてみると非常に面白い曲だと思う。

【参考】
Keefe, S.P., The Cambridge Companion to Mozart, Cambridge University Press, 2003.

Mozart: Complete Edition Box 6: Quintets, Quartets etc
VARIOUS ARTISTS

Mozart: The Complete Piano Trios
Vilmos Szabadi

The Cambridge Companion to Mozart (Cambridge Companions to Music) ペーパーバック – イラスト付き, 2003/5/22
英語版 Simon P. Keefe (著)


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