ボッケリーニ ギター五重奏曲第4番:自由気ままに

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ボッケリーニ ギター五重奏曲第4番 ニ長調 G.448


ルイジ・ボッケリーニ(1743-1805)は凄い作曲家である。と、思うようになったのは室内楽を愛聴し始めて結構経ってからだ。モーツァルトやベートーヴェン、それからシューベルトやハイドン、そしてもっと後の時代の作品を聴いてきて、それからようやく、ボッケリーニの室内楽を色々聴くようになった。逆に考えれば、様々な室内楽曲を聴いたからこそ、ボッケリーニの凄さもより理解できるようになったのかもしれない。多作で、どれを聴いても質が高く、同時代の曲と比べても様々な意味で抜きん出ており、後世への影響も大きい。それでいて、僕のようなただの音楽ファンが肩肘張らずにリラックスして聴くのにも適している。本当に凄い。
彼の生涯について書かれたものは、あまり巷に溢れてはいないと思うが、機会があったら読んでみていただきたい。このスペインを祖国とみなすイタリア人の生き方や伝記は、ここでは省略するが、なかなかぶっ飛んでいて実に面白い。
世代的にはハイドンとモーツァルトの間。自身がチェロ奏者だったこともあり、弦楽四重奏曲はもちろん、カルテットの4人に自身が加わって演奏可能な、チェロ2本の弦楽五重奏曲も多数残している。今回取り上げるギター五重奏曲第4番は、ボッケリーニの晩年にあたる1798年、彼の芸術性も極まっていた時期に書かれた作品群の一つで、過去の弦楽五重奏曲からの編曲でもある。ボッケリーニのパトロンでギター弾きだったブナバント侯フランシスコ・ボルハ・デ・リケル・イ・デ・ロスのために書かれた。ギターが主役というよりも、ギターと弦楽四重奏とが共に演奏を楽しめる、という音楽だ。


当代屈指のチェロ奏者としてヨーロッパ中を周って演奏していたボッケリーニは、1769年にスペインのドン・ルイス皇子に招かれ、お抱え作曲家として長く務めることになる。「マドリードの宮廷作曲家」なんて書かれたものも見かけるが、厳密には少し異なる。ボッケリーニが仕えたルイス皇子は王位継承戦に破れ兄カルロス3世によって半ば追放されたため、マドリードを離れた期間も長かった。しかしルイス皇子は芸術の庇護者であり、どちらかというと王室に対抗するくらいの意気込みがあったそうで、オーケストラを引き連れて引っ越しするなど、ボッケリーニの創作活動を大いに支えた。カルロス3世に仕えた作曲家ガエターノ・ブルネッティが今日では全くの無名であることや、ルイス皇子がボッケリーニだけでなく画家のゴヤのパトロンであったことなどを鑑みても、ルイス皇子が真の芸術愛好家であったことはわかるだろう。
余談だが、このルイス皇子はなかなか大変な人物だったようで、世界最年少で枢機卿になった人物としてギネスブックに載るくらいすごい人らしい。しかしその役職も1754年に返上し還俗。王位を得られそうになると結婚相手を探し回り、相当数の一般人とお付き合いなさり、人数不明の私生児もいたらしく、またおそらく梅毒にもかかっている。兄がスペイン王に即位するとルイス皇子はマドリード近くのボアディージャ・デル・モンテに居を構えるが、1776年、34歳年下で身分違いのマリア・テレサとの結婚が貴賤結婚として認められると、マドリードから離れたアレナスに移動を余儀なくされる。つまり、ボッケリーニはルイス皇子お抱えとしては、マドリード近郊の宮殿と、王宮から100km以上離れたアレナスと、両方で過ごしたことになる。1785年にルイス皇子が亡くなった後は、ボッケリーニもマドリードに戻ったそうだ。
なお余談の余談、ボッケリーニはかつてカルロス3世と音楽的な内容で議論になり、彼を怒らせてしまったというナイスなエピソードもある。だからどうやっても宮廷楽師にはなれなかったでしょうね……。

ゴヤの『ルイス・デ・ボルボン親王一家の肖像』。右から3番目の立っている赤い服の男性がボッケリーニ。中央のテーブルで髪を結ってもらっているのがマリア・テレサ、カード遊びをしているのがドン・ルイス皇子。左下で絵を描いているのがゴヤ。


イタリア生まれだがスペイン暮らしの長かったボッケリーニ。彼の作品の中でも、ギター四重奏曲第4番はスペイン色の濃い音楽だ。4楽章にファンダンゴが登場し、ときに曲自体の副題として用いられることもあるし、4楽章のみで演奏・録音されることも多い。
第1楽章Pastorale、柔らかな三拍子(8分の6)の音楽に心癒される。弦楽のうっとりするような歌に、ギターの穏やかに流れる伴奏。美しい。弦にはミュート指示で、そして至るところにdolcissimoが書かれている。
第2楽章Allegro maestoso、ニ長調で心がウキウキするような出だし。古典派らしい旋律。ときにマエストーソ過ぎるのか、弦楽がたっぷり弾きすぎてギターが控えめな演奏もある。解釈や使用楽器の都合、録音の都合など様々だろうが、個人的にはギターがしっかり聴こえるくらいが好きだ。こういうときのギターはいくら大きくても良いのだ。とはいえ、各旋律を担うのは弦楽器なので、しっかり歌ってくれないと困るけどね。
第3楽章Grave assaiは緩徐楽章で、続く第4楽章Fandangoへの短い橋渡し。4楽章はこの曲の白眉。アンダルシアの熱い風を感じよう。弦楽の急降下スケールも見せ場。チェロ奏者は途中からカスタネットを担当するよう楽譜に書かれている。このカスタネットも録音によって全然違うので面白い。チェロ奏者のセンスが問われる。上手い人もいれば辿々しい人もいるし、その辿々しさがかえって魅力的だったりもする。わざわざカスタネットのために打楽器奏者を呼び、きちんとクレジットされている音盤もある。エウローパ・ガランテの録音はタンバリンも入っていた。


この曲はかつて出版社のミスで1楽章と2楽章が逆の楽譜が流通しており、古い録音、例えばナルシソ・イエペスの1970年録音などではそうなっている。カール・シャイトとウィーン・コンツェルトハウス四重奏団の1962年録音、ラスロー・センドレイ=カルパーの60年代の録音や、キューバの伝説的奏者レイ・デ・ラ・トーレによる1950年録音でも逆。フリーデマン・ヴトケは逆のと正順のと両方の録音が存在する。
正順だと4つの楽章が緩急緩急で並びバランスも良いが、確かにAllegroから始めるのが自然だと思うのもわかる。この2楽章の冒頭、いかにも楽しい音楽の始まり、という雰囲気だもの。僕はイエペス盤を聴いて慣れてしまったので、正しい順番の録音を初めて聴いたときはびっくりしたのを覚えている。
ボッケリーニのギター四重奏曲の中で最も有名で、録音も多い。ぜひお気に入りを見つけていただきたい。形式や構成ではなく、メロディとハーモニーの愉悦に浸れる音楽。そんな音楽だからこそ、順番変更も含めて楽しめるのだろう。


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