ヴィラ=ロボス 神秘的な六重奏曲:まだ秘密の予感

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ヴィラ=ロボス 神秘的な六重奏曲

六重奏曲と言うと何が思い浮かぶだろう。僕はやっぱりプーランクの六重奏曲かしら。ピアノと木管五重奏のための1932年の作品。あるいはベートーヴェンの六重奏曲、これはホルン2本と弦楽四重奏。でも結局、一番有名なのはブラームスの弦楽六重奏曲かな。今回取り上げるヴィラ=ロボスの「神秘的な六重奏曲」の編成は非常に珍しい。フルート、オーボエ、アルト・サックス、ギター、チェレスタ、ハープという組み合わせ。この編成で他に曲を作った人はいないだろう。ハーモニーはまさにヴィラ=ロボスの宇宙、彼だけの世界だ。いや、本来ならば、彼の後に誰かこの編成で書くべきなのだ、それがクラシック音楽というものだと思うのだが……もっとも、書くためには曲を知らなければ始まらないので、僕もこの曲の知名度を高めて、未来の音楽家に新たな創作を託すべく書いているのだ。なんて、ちょっとカッコつけすぎたな。


20世紀初頭の室内楽は新たなソノリティを求めた時代。特にフランス系の作曲家たちはハープの神秘的な響きの虜になった。神秘的、まあ官能的と言っても良いかもしれない。その辺のことはハープと弦楽四重奏による作品、カプレの「幻想的な物語」(1908/1923)について書いた記事も参照していただきたい。そうしたハープを用いた、伝統的な室内楽とは異なる編成の作品から、ヴィラ=ロボスは大いに影響を受けた。特にドビュッシー作品。フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ(1915)も知っていたというし、1920年にはリオデジャネイロで夜想曲の演奏を聴いたそうだ。また、貧乏作曲家だったヴィラ=ロボスを支えたサンパウロの富裕層たちもフランスの作品を好んでおり、彼らのためにいわゆるフランス風音楽を書こうとした、というのもあるとのこと。そうした背景もあり、ヴィラ=ロボスは1921年にフルート、アルト・サックス、チェレスタ、ハープと女声合唱のための四重奏曲(象徴的四重奏曲とも)を作曲する。1922年のサンパウロ近代芸術週間でも演奏されたらしい。この芸術祭に関する記事は以下を参考願いたい。少しだがヴィラ=ロボスへの言及もある。果たして四重奏曲はブーイングだったのだろうか、喝采を受けたのだろうか。


なお、その四重奏曲は↓の音盤で聴くことができる。意外と録音の多い神秘的な六重奏曲と違い、こちらの録音は少ない。

Koechlin: Epitaph for Jean Harlow / Villa Lobos
Horch, Kyle (アーティスト), & 2 その他


神秘的な六重奏曲も、おそらくこの四重奏曲と関連のある作品であり、1917年頃には手掛けていたらしい。サンパウロ近代芸術週間での演奏を望んでいたそうだが実現せず、出版されたのは1957年。ヴィラ=ロボスは1959年に亡くなっており、初演されたのは彼の死後とのこと。研究者らによると、作曲年代など色々とわかっていない部分も多いようだが、出版はされているので録音や演奏はされている。それでも、この変わった編成は気軽にできるものではない。単一楽章で7~8分ほどの短い曲。一応3つないし4つの部分に分けることもできる。聴けばすぐに、フランス印象派音楽のような雰囲気が漂うのがわかる。だが、そうすんなりはいかないというか、ヴィラ=ロボスらしいちょっと奇妙な表情も見せる。基本的にはフルートとオーボエとサックスがメロディで、ギターとチェレスタとハープが伴奏のような構造ではある。しかし楽器の組み合わせが意外過ぎるのでシンプルに聴こえはしない。この曲の音色においては、フルートとオーボエがクラシック音楽の伝統、室内楽かくあるべしという要素を担っていると言っても良いかもしれない。そこに異色を持ち込むのがサックスの音色。神秘的要素を担うのはもちろん愛すべきハープと、「神秘的」という言葉がいっそう誇張されるようなチェレスタ、そこに最も異端であり同時にヴィラ=ロボスの強い個性でもあるギターがまた独特の色彩を加える。曲の冒頭では特に、この曲の音色やハーモニーのオリジナリティが全面に出る訳だが、ギターの開放弦が全てを作ってしまっていると言っても過言ではない。実に面白い。中盤のアダージョも、やっていることはメロディと伴奏という何の変哲もないことだが、楽器間の受け渡しや掛け合いなどに風変わりな面白さがあり、退屈な印象にはならない。不思議な曲だ。最後の方は妙なグルーヴ感というか、興奮を煽るような一定のリズムとテンポ、こちらはさながらラヴェルの音楽。


ヴィラ=ロボスのギター音楽を研究するギタリスト、アンドレア・ビッソーリは、この曲について僕よりもっと素敵に表現しているので、ちょっと意訳して紹介しておこう。

楽器編成は伝統的なブラジルのショーロの音の反映です。ギター、フルート、サックスはストリートバンドの主要メンバーで、一昔前はその音楽が「素晴らしき街」(Cidade Maravilhosa)リオデジャネイロの夜の空気を満たしたものです。ここではハープ、オーボエ、チェレスタが加わることで、それぞれの楽器がモダニズムの鮮やかな光を浴びながらそれぞれ互いを真似し合い、変容させるのです。ヴィラ=ロボスは、ストリートミュージックとその感動的な夜のセレナーデ、東洋的な雰囲気、そして根源的な強迫的リズムの背後にある秘密を発見したようです。すべてが音楽の形に溶け込み、何者もこのスタイルを凌駕することはありません。おそらくこの予期せぬ力の結合に、タイトルに暗示された秘密が隠されているのでしょう。

僕はそこまで深読みできなかったが、そういうものなのかもしれない。何かこう、人を引きつける魔力みたいなものがある音楽だ。

Brasileiro/Brasileiro
H. Villa-Lobos (アーティスト)


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