ドビュッシー 愛し合う二人の散歩道:おねがいエンマ

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ドビュッシー 愛し合う二人の散歩道


8月22日はドビュッシーの誕生日だそうだ。1日遅れたが、お誕生日祝いにドビュッシーの曲でブログ更新。Twitterの方では毎年お祝いで珍しい音源について書いてますので、興味ある方はぜひフォローしてください。


好きな作曲家なのでそこそこブログでも取り上げていて、過去にピアノ曲はもちろん、管弦楽曲や室内楽曲も書いている。まだ歌曲を書いていなかったので、今回は歌曲について。ドビュッシーの歌曲は本当に良い。ファンが多いのも納得である。
ドビュッシーは初めピアニストを志していたが、パリ音楽院内の学内コンクールで満足行く結果を出せず、ピアノ科をやめて伴奏法のクラスに移っている。オーギュスト・バジュ(1828-1891)の元で伴奏法を修めたことは歌曲の作曲において有益だったことだろう。その後は作曲科に移っており、音楽院時代に多くの歌曲を作曲した。ドビュッシーがカンタータ「放蕩息子」でローマ大賞を受賞するのが1884年、それからローマ留学するも雰囲気が合わずに2年でパリへ帰ってくる。色々な楽曲紹介などを読むとあまり実りある留学ではなかったと書かれることも多いが、パレストリーナやラッソ、ヴィクトリアなどの古典に触れ、大きな衝撃を受けたとも書かれる。そうした16世紀の音楽から影響を受けた結果か、古典への眼差しが強く現れた作品の一つが今回取り上げる歌曲集「愛し合う二人の散歩道」である。詩は17世紀の詩人トリスタン・レルミットの同タイトルの詩、そこからドビュッシーが抜粋して3つの歌曲にしている。
少し解説すると、1904年、ドビュッシーは「フランスの3つの歌」という、レルミットの詩で1曲と、15世紀の王族で詩人でもあるシャルル・ドルレアンの詩で2曲、合わせて3曲の歌曲集を出した。その後、1910年にレルミット詩の曲を新たに2曲作曲し、「フランスの3つの歌」のレルミット詩の1曲を転用して、合わせて3曲のレルミット詩による「愛し合う二人の散歩道」として出版した。
ということで、3曲のうち、第1曲「この暗い洞窟のほとり」が1904年の作、第2曲「私の忠告を聞いておくれ、いとしのクリメーヌよ」と第3曲「あなたの顔を見て私はおののく」が1910年の作。この2つの年についても見ておこう。
1904年と言えば……ドビュッシー42歳。裕福な銀行家の妻で、自身の教え子の母にあたるエンマ・バルダックと出会い、ダブル不倫が始まった時期である。不倫旅行音楽の金字塔(?)である「喜びの島」を作曲し、最初の妻リリーは自殺未遂を図り、翌年には離婚、すでに身籠っていたエンマと同棲、ドビュッシーが「子供の領分」を捧げたことで知られる愛娘シュシュが生まれる……と、そんな頃の曲である。現代であれば再起不能なほどに総叩きを受けているだろうが、まあ実際、当時も周囲はドン引きだったとか。
1910年と言えば……ドビュッシー48歳、パリ音楽院上級評議会委員という謎の偉そうなポジションも得て、ピアノ音楽の傑作「前奏曲集第1巻」を作曲、誰もが知る大物作曲家となり、また自身の病気が進行してきた時期でもある。作曲家としては順風満帆でも、家庭はやはりダメ。1908年にエンマと結婚したものの、病気がちで物欲も独占欲も強いエンマと上手く付き合えないドビュッシーは妻から道徳のないアホ扱いされ、離婚危機に陥っていたのが1910年のドビュッシー家である。なおこの年には、同じく古典詩、15世紀フランス最大の詩人とも言われるフランソワ・ヴィヨンの詩を用いた「フランソワ・ヴィヨンの3つのバラード」という傑作を残している。こちらもいずれブログに書きましょう。


そんな訳で、ドビュッシーが付けた訳でなくレルミットの原詩通りのタイトル「愛し合う二人の散歩道」というのも、もう、そういうことなのだと、察してください。1911年1月に初演し、エンマに献呈している。ご機嫌取りだろうか、本心か、そこのところは、ぜひ音楽の方を聴いてみてくださいね、まあ聴いてもわからんけど。
第1曲「この暗い洞窟のほとり」、エンマとの関係の始まった時期であり、またその2年前に「ペレアスとメリザンド」で大成功を収めたことも考えると、どうにも君たち二人で指輪探しに行ったのかなと、いくらでも邪推のできるとても良い詩のチョイスである。ピアノの一定のリズムが波のように寄せてきて、静かで、まるで時間が止まったかと思う、絶妙な雰囲気だ。時間も空間も、全てがそこに留まるような、歌の美しさが流れていかずにずっとそこに残っているような、不思議な音の場が保たれる。
一方、第2曲と第3曲は、もう少し違った雰囲気。もはや第2曲「私の忠告を聞いておくれ、いとしのクリメーヌよ」など、直接的過ぎるんじゃないかと思ってしまう。ドビュッシーさん涙ながらの懇願の歌と捉えるとなんだか応援したくなる。最後に駆け抜けるそよ風の残り香。第3曲「あなたの顔を見て私はおののく」も、いわゆるドビュッシーらしさも感じられるが、どことなく甘口で、マスネくらいの時代まで戻ったような優しいフランス歌曲の趣き。そこが良い。キレキレのドビュッシー音楽も良いが、夫婦の危機にそんな曲を贈ることもなし、こういうドビュッシーの音楽もまた格別に美しい。


本当なら、ドビュッシーの歌曲というのはヴェルレーヌが核心なんだろうとは思う。先日もTwitterで、2012年にブリヂストン美術館(現アーティゾン美術館)で開催された、ドビュッシーをテーマにした展覧会の話題を見かけて、「懐かしい、これ行ったんだよな」と思ってリプしてしまった。ドビュッシーの音楽が流れる展示室内は、好きな人には最高の空間だった。その展覧会でも、「ドビュッシーは印象派だ印象派だとみんな言うけど、単に風景を描く音楽ではなく、風景はあくまで霊感の源、突き詰めると象徴派だ」と訴えかける内容だった。だから歌曲も、やはりヴェルレーヌやマラルメ、あるいはボードレールなど象徴派の詩こそがドビュッシーの真髄なのではないかと思うけれども、その辺を上手くまとめて書く自信と時間もないので、あえて外して古典詩を用いた歌を選んでみた。こちらはこちらで独特の魅力があって大好きだ。

Debussy: Harmonie du soir
Sophie Karthauser (アーティスト), Stephane Degout (アーティスト), & 2 その他


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Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

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