フランセ 弦楽三重奏曲
2012年がジャン・フランセ(1912-1997)の生誕100周年だった。そのときにピアノ三重奏曲についてブログを書いて、翌年2013年には「若い娘たちの5つの肖像」というピアノ曲について書いている。それ以来となるフランセの作品の話、今回は弦楽三重奏曲について。なぜこの曲を選んだのかというと、以前の記事でも書いているように、もう十数年前になるが初めてフランセ作品に触れたのがこの弦楽三重奏曲の生演奏だったのが理由の一つ。この曲を聴いて一気にフランセに惚れたのだ。あともう一つの理由は、以前書いたピアノ三重奏曲はフランセが73歳のときに作品だったので、今度はもっと若いときの室内楽作品を紹介しようと思ったからだ。弦楽三重奏曲はフランセが20歳のときの作品。同じ三重奏曲でも50年以上開きがある。
長生きした作曲家のフランセは生涯に渡り数多くの作品を残しているが、子ども時代から才能豊かだった。ル・マンに生まれ、父はル・マンの音楽院の院長を務める音楽家、母は歌手、息子ジャンは幼い頃から英才教育を受けて9歳からパリに通い音楽を学び、10歳で作曲したピアノ曲を両親は出版までしている。師のナディア・ブーランジェにも認められ、フランセの音楽活動を後押ししてもらった。
弦楽三重奏曲はフランセが本格的な音楽活動を開始したばかりの頃、1933年、パスキエ・トリオのために作曲した室内楽作品としても最初期のものだ。フランセが20歳になるこの年に、彼はバレエ・リュス・ド・モンテカルロのために2つのバレエ音楽を作曲し、またピアノ四重奏曲、木管四重奏曲、弦楽と木管とピアノのための七重奏曲も作曲している。フランセの作曲意欲の高さたるや。勢いがありすぎるのがわかるだろう。そんな勢いや、舞踏作品に取り組んでいた影響もあってか、Vivoと付く楽章が3つもある弦楽三重奏曲になっており、体も心も躍るような非常に生き生きした音楽だ。4楽章構成で、12~15分程度の長さ。
1楽章Allegretto vivo、ミュートしながらも目まぐるしく駆け回る無窮動、ちょっと滑稽だが軽妙洒脱とはこのことか。序奏的な刻みに続いてすぐに聴こえるドシ♭ラシ♭~(♭は臨時記号なので譜面上はCBAH)という主題はバッハをひっくり返したようなアナグラム、お固い独墺音楽至上主義者ならお怒りかもしれないが、これがフランセ流の新古典主義、バッハもびっくりのフランス・バロック再興の狼煙なのだ(いや、知らんけどね)。こういう面白さがあるのもまたたまらないのだ。
2楽章Scherzo vivo、良い意味でふざけたスケルツォだ。酔っ払ってるのだろうか。千鳥足でフラフラと街をさまようようだ。時折大胆なワルツを踊ったり、美声を張り上げて歌を歌ったりするのも、なんか酔っ払いっぽくて可笑しい。もちろんこれが酔っ払いの音楽だという証拠はない、僕が勝手に言ってるだけ、僕が勝手に酔ってるだけかも。
3楽章Andante、緩徐楽章は各々の弦楽器が交代で歌う。大げさではないが、静かに、優しく、情感たっぷりに、さながら子守唄である。酔っ払いは無事に家に着いただろうか、家の布団か道端か、きっと眠っていることだろう。
4楽章Rondo vivo、愉快なフレンチ・カンカンのような、それでもどこかウィットに富む音楽で、妙に耳に残る、不思議だ。真面目なようで不真面目なようで、こんなに不思議な雰囲気はなかなかない。短い曲の中に、色々な表情を見れる楽しさがある。テンポを落としてピチカートが挿入されると、冒頭の主題に回帰して、最後は行進曲風で堂々と凱旋、かと思いきや、最後の最後にサプライズ。この小憎たらしさが絶妙だ。
短いし面白い曲なので、商業録音の数は多くなくとも、今はYou Tubeに沢山の演奏動画が上がっている。気軽に聴いてみてほしい。なお、以前の記事でフランセの作品について「わかりにくい?わかりやすい?」と言っているが、今回の記事のために調べていたら、フランセ自身がこのように語っているのを見つけた。
「私はよく、自分の作品について他人から安易な作品だと言われます。多分そういう人は誰も演奏したことがないのでしょう」
確かに、聴く分には軽快で面白いが、これは演奏する方は大変なんだろうなとも思う。わかりやすいか、わかりにくいかはともかく、複雑な構造が生み出すシンプルさ、みたいな魅力に満ちた音楽だと思う。僕は聴くだけなのでいつも気軽に聴いているが、こうして文章にしてブログで書いて伝えようとすると、これも中々難しい。聴いた瞬間に恋してしまうような音楽なんだけど、そんな風に複雑で謎めいた魅力もある。まあ、そういうところにも惹かれるんだけどね。
Destination Paris
Lendvai String Trio (アーティスト)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more