R・シュトラウス クラリネットとファゴットのための二重協奏曲:時々でいいから思い出してください

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R・シュトラウス クラリネットとファゴットの二重協奏曲

前回はギリシャ神話に登場する神々の名を用いた現代歌曲について書いた。その前はドビュッシーの作曲家人生最後の器楽曲について。それならば今回はギリシャ神話にも関係した、ある作曲家人生の最後の器楽曲について書こうと思う。なんて都合の良い作品があるんでしょう! いや、たまたま聴いていて思いついただけだけです(笑) リヒャルト・シュトラウスの最晩年の作品、二重協奏曲。オペラ「エレクトラ」や「ナクソス島のアリアドネ」などギリシャ神話を題材にした作品も多く手掛けた根っからのギリシャ神話好きであるリヒャルト・シュトラウス、僕もギリシャ神話好きだし、リヒャルトの音楽も好きだ。ブログでは2008年にホルン協奏曲第2番、2009年に交響的幻想曲「イタリアより」、2011年に交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」を書いているが、それ以来なので取り上げるのは13年ぶりとなる。自分でもびっくり。

さて晩年のリヒャルト・シュトラウスは、戦時中のナチ協力を非難されてエリートから転落、終戦の段階で齢80を超えた老巨匠は体力の低下に加え非ナチ化裁判の準備もあり(最終的には無罪で裁判費用は国費負担ということになったが)経済的にも困窮していた。自宅のあるドイツ北部ガルミッシュ=パルテンキルヒェンは冬季五輪も行われる寒い地域で、老人には堪えただろう、保養も兼ねてスイスに移住することになる。永住権はなくホテル暮らし。パウル・ザッハーらスイスの友人たちが援助したそうだ。詳しくはNZZの2019年の記事をどうぞ。


第一線は退き、悠々自適とまではいかないものの、指揮と作曲をする時間はあったリヒャルト、メタモルフォーゼン(1945)や四つの最後の歌(1948)など現代でも代表作と言われる作品を残している。1945年にはオーボエ協奏曲を作曲。クラリネットとファゴットの二重協奏曲は指揮者オトマール・ヌッシオとスイス・イタリアーナ管の委嘱で1947年9月に作曲開始、同年12月に完成、1948年に同オケが初演した。
リヒャルトとも旧知の間柄であるウィーンのファゴット奏者、フーゴ・ブルクハウザーを念頭に置いて作曲しており「あなたの美しい音色を思い出しながら書いています」と手紙を送っている。ブルクハウザーという人物はリヒャルトも感心するだけの楽器の腕前があったのはもちろんだが、かなり激しい活動家でもあり、ファシズム組織での政治活動や、ウィーン・フィル自治内でも大活躍(暗躍)した人物でもある。彼は、ウィーン・フィルで当時の新作や難曲を取り上げたがる指揮者クレメンス・クラウスを追い出して、保守的な選曲をするブルーノ・ワルターを常任指揮者にしようと政治家に働きかけるも失敗し、それでもクラウスを辞めさせるために常任指揮者制の廃止を楽団員たちに呼びかけ周った。だから良くも悪くもウィーン・フィルに常任指揮者がいないのは彼が原因である。ブルクハウザーはその後トスカニーニとの交流など色々あって結局アメリカに行くが、アメリカの富豪たちにリヒャルトの楽譜の写譜を高額で売り、晩年のリヒャルトの経済的支援も行っている。とにかくなんか凄い人である。


偶然とはいえ「クラリネットとファゴットのための協奏曲」がリヒャルトの最晩年までクラシック音楽の歴史上ほとんど存在してこなかったというのも面白い。シュターミッツが残しているが、これもモーツァルトの作品で有名な、当時流行っていた協奏交響曲に寄せたものという趣き。純粋にこの二つの楽器のための二重協奏曲となるとリヒャルト以外には見当たらない。相性も良さそうなのに意外である。
クラリネットとファゴット、高音と低音の木管楽器の組み合わせ、温かい音色同士のペア。想像力も掻き立てられるだろう。ノーマン・デル・マーの解説では、リヒャルトがブルクハウザーに宛てて「踊っている王女は、熊が自分の真似をして不気味に跳ね回っているのを警戒している。ついに彼女はその獣に魅了されて一緒に踊ると、獣は王子に変身。だから最後にはあなたも、王子様になっていつまでも幸せに暮らしましたとさ……」と冗談を混ぜて書いた手紙を紹介している。この表現もブルクハウザーがどういう人物なのかを知ってからだと実に味わい深いが、それはともかく、美女と野獣は一つのモデルだろうと、各所で書かれ続けてきた。もう一つの説として解説等で挙げられるのはアンデルセン童話の「豚飼い王子」である。こちらは美女と野獣とは違い、王子が本質を見抜けない王女に痛い目に合わせるという話。こちらの話がモデルになったという説は、事もあろうにクレメンス・クラウスがリヒャルトから聞いたという話を元にしている。なんてこった!
本当のところはどちらでもないようだが、そんな風に解釈して演奏/鑑賞するのも楽しいだろう。多様性の時代である、ファゴット王女(CV:斎賀みつき)とクラリネット王子(CV:高山みなみ)が踊ったりしても良いと思う。Hyperionには↓のようにプリンセス&熊というコンセプトに振り切ったアルバムもある。

The Princess and the Bear
Sian Edwards (アーティスト)


そんな風に自由に発想を展開させていける作品であることも確かなのだが、The Cambridge Companion to Richard Straussの中で、音楽学者Jürgen Mayは、実際のモデルはギリシャ神話だと指摘する。トロイア戦争の英雄オデュッセウスと、彼を助けたスケリア島の王女ナウシカアの出会い、恋、別れ。リヒャルトはこの題材を舞台作品化することも考えていたそうだ。それだけでなく、晩年のシュトラウスは、支援を受けながら祖国への帰還を望み続けたオデュッセウスと、スイスに逃れていた自身の状況を重ねていた、とも指摘している。


弦楽合奏は各パート1名ずつのソリ(弦楽五重奏)で登場し、ときどきこの形態を取る。クラリネットが長い主題を奏でると、ファゴットが音階をシンコペーションで上りながら登場。二つの楽器の掛け合いが楽しい。歯切れ良いリズムのファゴットに、滑らかなクラリネットのコントラスト。
2楽章アンダンテではファゴットが主役だ。オデュッセウスの長台詞か。Jürgen Mayはベルリオーズの『管弦楽法』にリヒャルトが補筆した際の文言を引用している。

「ファゴットがデスカントのメロディーに1オクターブか2オクターブ離れて加わっている」ことについて、彼は次のように書いている。「若い頃に最も愛したメロディーをハミングしている老人の声が聞こえてきそうだ」と。

野獣の求愛ダンスも良いが、オデュッセウス望郷の歌という解釈もできそうだ。
3楽章はロンド、ここでは二つの楽器が対等に手を取り合って踊っている。前年の作でありモーツァルトに範をとったオーボエ協奏曲を彷彿とさせる雰囲気だ。協奏曲にしては珍しく、3楽章が最も長い。1楽章と2楽章を合わせたよりさらに長いくらい。弦楽器もたっぷりロマンティック。中間部のハープが入る部分も本当に美しい。いかにもリヒャルト・シュトラウスらしい音楽。

リヒャルト存命時にもしばしば元ネタについて訊かれたらしいが、彼は頑として説明を拒んだという。なので、奏者も聴く方もそれぞれ自由に想像力と創造力を働かせて楽しみたい。3楽章がウキウキなので美女と野獣みたいなハッピーエンドでも良いけど、「文学史上初の片思い作品の一つ」とも言われるオデュッセウスとナウシカアみたいな、報われない恋みたいな物語だって良いんじゃないかしら。

R. Strauss: Concertos for Wind Instruments
Ingo Goritzki, Thomas Friedli, クラウス・トゥーネマン & ブルーノ・シュナイダー

Horn Concertos Nos 1 & 2 Duett Concertino Oboe
Vienna Philharmonic Orchestra (アーティスト), Richard Strauss (作曲), & 1 その他


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