マルタン 時の彩りのパヴァーヌ:今日のお空はどんな空

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マルタン 時の彩りのパヴァーヌ

先日はプラッソンの来日ラストコンサートで素晴らしいラヴェルのマ・メール・ロワを聴いた。ということで、まだこのブログでは取り上げていないマ・メール・ロワの話……ではなく、スイスのジュネーヴ生まれの作曲家、フランク・マルタンの「時の彩りのパヴァーヌ」を取り上げよう。何も繋がりがないこともない、マ・メール・ロワの1曲目は「眠れる森の美女のパヴァーヌ」である。ラヴェルがペローの童話を元にしたのと同様に、マルタンのこのパヴァーヌもペローの童話「ロバの皮」からアイディアを得ている。ペローの童話から生まれたパヴァーヌ同士というわけだ。なおフランク・マルタンの曲をブログで紹介するのは2017年以来になる。


パヴァーヌは16世紀にヨーロッパ宮廷で流行った行列舞踏である。その時代の音楽を除けば、普通「パヴァーヌ」というとラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」(1899)が一番有名だろう。それより前にも1886年にフォーレがパヴァーヌを書いているし、1887年にはサン=サーンスが歌劇「プロゼルピーヌ」でパヴァーヌを用いている。フォーレの方はそこそこ知られているだろうが、サン=サーンスの方はあまり知られていないのではないだろうか、劇中の曲だと途端に知名度が下がってしまう。僕の大好きなヴォーン=ウィリアムズも仮面劇「ヨブ」(1931)の中で「暁の息子たちのパヴァーヌ」という曲を入れている。こうして見るとやはりパヴァーヌは、基本的に古風なものが好きな作曲家たちが扱うイメージである。
ラヴェルがマ・メール・ロワの「眠れる森の美女のパヴァーヌ」を書いたのは1910年。同じ年にラヴェルは「亡き王女のためのパヴァーヌ」を管弦楽編曲している。マルタンは1890年生まれなので、マ・メール・ロワが世に出た頃というとまだマルタンは弱冠20歳。マルタンという人は、12歳のときに聴いたバッハのマタイ受難曲に感銘を受けてバッハに傾倒した、というタイプの音楽家である。パヴァーヌを扱うのも納得だろう。マルタンが「時の彩りのパヴァーヌ」を書いたのは1920年。30歳、若きマルタンは独自の音楽を探っているところだ。この時期はフランクやダンディ、ラヴェルの音楽から大いに影響を受けており、ここではラヴェルの影響が如実に表れている。


弦楽五重奏のための作品で、弦楽四重奏にチェロが1人加わった編成。ヴィオラはクラリネットに、チェロのうち1人はコントラバスに変更可能。他にも小編成オーケストラ版や、ピアノ・デュオ版など、様々な編曲がある。演奏時間も8分ほどで、技術的にもさほど困難でもないため、アマチュア演奏家たちからも愛好されているようだ。


ちなみに、原題は“Pavane couleur du temps”といい、先述の通りペローの童話「ロバの皮」から取っている。ある王女が主人公の物語で、母(王妃)を亡くすと父(王)が娘(王女)に求婚するようになり、困った主人公の王女は無理難題をふっかけて対応するという、かぐや姫のような話。かぐや姫と違うのは、無理難題で求婚者たちが諦めるのではなく、王が全て難題をクリアしてしまうところだ。王女の要求である空の色のドレス、月の色のドレス、太陽の色のドレスを全てそろえてしまい、最後に金を生むロバの皮を王が渡すと、それをかぶって逃げる王女。ロバの皮をかぶった女として別の国で過ごし、最終的にはその国の王子と結ばれるハッピーエンドのお話だ。ミシェル・ルグランが音楽を担当したジャック・ドゥミ監督作品のミュージカル映画『ロバと王女』の原作としても有名だろう。
映画でも原作でも、空の色のドレス(robe couleur de temps)、月の色のドレス(robe couleur de Lune)、太陽の色のドレス(robe couleur du Soleil)とあるように、このtempsは、ここでは「空」と訳すべきだと思うのだが、どうだろう。訳しにくい言葉ではあるが、原作のニュアンスを取るなら「空色のパヴァーヌ」だと思う。もうすでに色んなところで「時の彩りのパヴァーヌ」とか、パヴァーヌ「時の色」と書かれており、そんでもって「ペローの童話から取った云々」とか「これは実現不可能なものを表しており云々」などと説明されている。もちろん「Pavane couleur du tempsなんて、どうだ、ご用意できますか? 有り得ないでしょう?」的な意味では実現不可能という意味だろうけど……うーん、さては担当者、誰も原作や映画を見たことないな?(笑) tempsはフランス語で「時間」と「天気」を意味する単語だし、文脈なしに厳密に区別されるものではないけども、ペローの童話では月のドレスと太陽のドレスの前振りとなるため、「天」とか「天気」に近い意味として用いられており、映画ではドレスに雲の映像が投影されるという素敵な演出がある。ルグランの音楽も素晴らしいし、ぜひ見ていただきたい。

映画のポスター。
リマスター版は空色ドレス。
シネマテーク・フランセーズで2013年に開催されたジャック・ドゥミ監督の回顧展でも3つのドレスが展示されていたそうだ。画像掲載元:ル・モンド紙

困らせるためにお願いしたドレスが本当にやってきて、美しい空色のドレスをもらって、もちろんそれ自体はこの世のものと思えないほど素敵ではあるんだけど、内心ではこっちが困ってしまう、というね。そんな「困惑する王女のためのパヴァーヌ」でもあるわけだ。だから音楽も、気高さや上品さもあるけれど、どこか奇妙でもあり、本当は、心の奥底ではすごく苦しんでいるんだ、という強い気持ちも受け取れる。
美しいドレスの音楽だけであれば、映画のサントラでミシェル・ルグランの音楽を聴くのが良いだろう。しかしこのマルタンのパヴァーヌは、空の色のように、そして時の彩りのように、澄み渡るときもあれば、曇り、翳るときもある、そんな複雑な色合いを示す音楽でもある。特に中間部ではそんな気持ちが溢れ出る。ピアノと弦楽と、ラヴェルのパヴァーヌのように両方聴いてみてほしい。濃密な音で満たされるような弦楽と、輪郭をはっきり描くようなピアノと、それらの音楽で表されるもの、共通するものもあれば異なるものもある……どちらも楽しんでもらいたい。
せっかくtempsという「時間」と「天気」を不可分にできる言葉なんだから、その辺は自由に捉えても、まあ良いんだとは思う。空を眺めて、時の移ろいを感じよう。憎たらしいほどに青い空に、恐ろしいほどに巨大な雲、夏って嫌な季節だなと思ってしまうけれど、これだってやがて時が経てば変わるのだ。なんて、少し感傷的にもなるさ、そんなパヴァーヌじゃないかな。

Frank Martin The Complete Piano Music


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Author: funapee(Twitter)
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