
ブロデック フルート協奏曲 ニ長調
先日、Supraphonレーベルの「ガラ・コンサート・フロム・プラハ」というアルバムを聴いた。ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィルによるオムニバスで、スメタナやドヴォルザークのおめでたい雰囲気の音楽を集めたもの。ほかにもスーク、フィビフ、マルティヌー、もっと珍しいところだとコヴァジョヴィツ、ネドバル、ブロデックの曲があった。1988,89年録音。有名曲からマイナーなものまで揃っており、とても面白かった。
華やかで元気の良い曲が多い中で、特に気になったのはヴィレム・ブロデック(1834-1874)という作曲家による歌劇「井戸の中」の間奏曲「月の出」、これがしっとりと美しい音楽で非常に良かった。ブロデックはチェコの作曲家で、フルート奏者でもあった。歌劇「井戸の中」は彼の代表作であり、1867年初演の1幕オペラ。スメタナに次いで最もチェコ的なオペラと評価されているそうだ。プラハ国立劇場の1959年録音があったので聴いてみた。筋書きはわからないが、音楽自体は大変素敵だ。
調べてみると、台本が陳腐で歌が素朴で易しいとあり、今は学生がよくやる演目の一つと書かれていた。なるほど。しかし当時チェコ国内では何度も上演され、サンクトペテルブルクやウィーンでも上演されたという。ブロデックの名声は高まっていくが、1869年に精神を病み入院。1874年に39歳でこの世を去った。
ブロデックは1860年からプラハ音楽院のフルート科教授も務めており、フルート協奏曲も作曲している。1862年作曲。まだ28歳だが、ブロデックの芸術家人生の最盛期でもある。1864年には、10歳年上のスメタナと共にシェイクスピア生誕300年記念演奏会に尽力しており、スメタナは「シェイクスピア祭のための祝典行進曲」を、ブロデックは「シェイクスピア祭のための絵の音楽」を作曲した。
フルート協奏曲の録音を探したら、今年のカール=ハインツ・シュッツの新譜に、彼が演奏するブロデックのフルート協奏曲の録音が入っている。聴いてみたが、これも良い曲だ。そもそもロマン派のフルート協奏曲というのが非常に少なく、ある程度知られているものだとメルカダンテ、ドップラー、ライネッケ、ニールセンくらいだろうか。ロマン派で、しかもチェコの作曲家のフルート協奏曲というと相当珍しいと思う。これを有名奏者が演奏して世に出してくれたのはありがい。シュッツの大きな功績の一つとなるだろう。
そもそもなぜブロデックの協奏曲がなかなか世の中に出てこなかったのだろうか。楽譜は普通に買えるし、チェコでフルートを学ぶ人にとってはよく課題として演奏することもあるそうだ。多分だけども、先に挙げたドップラーやライネッケ、メルカダンテの協奏的作品と比べると、若干だが地味かもしれないのが、その理由ではないかと思われる。フルートをフィーチャーした作品であればやっぱり高音でキラッキラに輝くような派手さを持ち、ヴィルトゥオーゾ的に技巧を魅せるような場面もたくさん欲しいというのが、多くの奏者や聴衆の求めるところだろう。ブロデックの協奏曲はそこまで派手な演出はなく、どちらかというとリリカルで歌うようなメロディーとその洗練された雰囲気が魅力である。
「◯◯という楽器のポテンシャルを最大限に発揮した協奏曲」のような物言いはよくあるけれども、ブロデックの曲もある意味ではそうかもしれない。それは超絶技巧的な意味や奏者の限界を突破するという意味ではなく、楽器の持つ様々な可能性を余す所なく表現しつつ、適切な範囲内でやりきっているという意味で、である。きちんと楽器のことをわかっている人でないと出来ないだろう。
シュッツのを聴いてから調べてみて知ったのだが、Supraphonにはスメターチェク指揮プラハ放送響の録音もあった(↓)。フルートはKarel Hanžl、同オケの首席奏者だ。こちらもぜひ。
第1楽章Allegro、古典派~初期ロマン派の協奏曲を思わせる開始。決して技巧的ではない……とまでは言えないものの、見せびらかすようなテクニカルな表現はない。技巧的なパッセージはすべてメロディの必要の内に留まっているような印象を受ける。むしろ展開部では緩徐楽章に出そうなアリア風の旋律を朗々と奏でるフルート。穏和で牧歌的、これもまたフルートの持ち味だ。再現部になると再び陽気な雰囲気に戻り動きも激しくなるが、それにしても上品である。
第2楽章Andante、スコアを見ていないのでわからないけれども、シュッツの録音では1楽章からアタッカで入っているようである。ニ長調のAllegroからニ短調のAndanteへ。この楽章が実に良い。古典派協奏曲との違いは、非常に多彩な表現を湛えた緩徐楽章だという点である。聴いてみてもらえばわかるが、ただゆっくりしたテンポで美しいメロディを奏でるのではなく、多岐にわたる内容を含んでいる。それは情感であったり、リズムやハーモニーであったり、音色の組み合わせであったり。ただここでは、それらを声高に強く主張するのではなく、ぐっと内に秘めていて滲み出てくる強さのようなものを感じることができる。それがチェコ風なのかと言われるとどうかわからないが、多分そういうところにも関わっているのだと思う。
第3楽章Allegroは舞曲のような愉快さがあり、フルートのテクニカルな面も強調されるようになる。素人考えで恐縮だけども、あからさまに速いフレーズなんかよりも、むしろそれ以外の部分の方が結構テクニックを要するような曲なのではないかとも思う。この3楽章は特に。どの部分も繊細で確かな技術がないと上手く聴かせられないだろうし、自分を誇示するような表現ではなく丁寧に音楽に奉仕するような表現が求められる、まさに教材にはうってつけかもしれない。シュッツはさらっと吹いているけど、多分、生で聴いたらビビるくらいの技なんだと思う。どこで息するんだこれ。軽快で華やかで、ときに緊張感もある。しかしそのどれも、突出して刺してくるようなタイプではない。
穏やかで、親しみがある音楽。コロッと人を恋に落としてしまう熱狂的なものや、圧倒的に眩いスター性はないかもしれないけど、とても良いもの、大事なもの、凄いもの、熱いものを持っていて、時折それを見せてくれる、近くにいると嬉しい存在のような。僕もそういう人間になりたいものだなあ!

都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more