カウイー Because They Have Songs:僕はなぜ音楽を聴くのか……

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カウイー Because They Have Songs

“A bird does not sing because it has an answer, it sings because it has a song.”
「鳥は答えがあるから歌うのではない、歌があるから歌うのだ」

マヤ・アンジェロウの言葉として有名な上の文言は、本来はジョーン・ウォルシュ・アグルンドの詩集“A Cup of Sun”(1967)からの引用である。ジョージ・マロリーの「なぜ山に登るのか、そこに山があるから」も有名だが、それの鳥バージョンのような文言だ。なぜ鳥は歌うのか、鳥には歌があるから。この文言の元をさらに辿ると、アフリカの伝統的なテクストに由来するらしい。


今回は鳥に関する音楽について書くことにした。エドワード・カウイー(1943-)のサクソフォンとピアノための曲集“Because They Have Songs”を取り上げよう。「なぜなら鳥たちには歌があるから」という題だ。
この曲集を選んだ理由はいくつかある。最近、図らずもカザルスの「鳥の歌」を何度か聴いたこと、先週は高尾山に登って鳥の声に耳を傾けることができたこと、今週はクラリネットとピアノのデュオによるリサイタルを聴きに行ったこと、また先日シューリヒト指揮のシューマン:交響曲第2番を聴いた際に自分が書いたブログ記事を読み返したのだが、その記事の副題が「飛び方を忘れた鳥達の歌声を聞いておくれ」だったこともある。これはもちろん、ゆずの「飛べない鳥」の歌詞だ。そういえばマヤ・アンジェロウの自伝も「歌え、翔べない鳥たちよ」だな、よし、冒頭に繋がったぞ(繋げた、が正しい)。

カウイーはイギリスのバーミンガム生まれ。アレクサンダー・ゲールに音楽を学ぶとポーランドに留学しルトスワフスキに師事、またティペットからも指導を受け親交を深めた。自然界への強い関心を抱く作曲家で、物理学や絵を描くことも得意とする、なんだか凄い人だ。

Edward Cowie(1943-)、画像掲載元:EdwardCowie.com


世界中を旅しながら、その自然の様子をノートに記録するカウイー。音を記譜するだけでなく、色や形など様々なものを記録し、そしてそれを元に音楽を作るそうだ。
“Because They Have Songs”は、そうした自然の中で出会った鳥の声をデュオ形式の音楽で表したもので、同じシリーズの第4弾に該当する。第1弾がイギリスの鳥によるヴァイオリンとピアノのための“Bird Portraits”(2020)、第2弾がオーストラリアの鳥によるフルートとピアノのための“Where Song Was Born”(2020/2021)、第3弾がアメリカの鳥によるクラリネットとピアノための“Where the Wood Thrush Forever Sings”(2022)、そして最新作の第4弾がアフリカの鳥によるサクソフォンとピアノのための“Because They Have Songs”(2023)。
2014年にカウイーが訪れたボツワナの野生サファリでの体験と記録が本作のインスピレーションだという。全くよく知らないので、とりあえず検索して出てきた写真を貼っておこう。

中央カラハリ動物保護区のライオン。画像掲載元:untamedsafaris.com

カウイーいわく「自然の音を音楽的な成果物へと翻訳または再配置した」ものだそうで、「ほとんどの場合、実際の鳥のさえずりを引用したもの」で、「その歌の実際の音程と形に忠実」だそうだ。そんなのメシアンがやってるじゃないか、と言われたらその通りである。逆に言えばメシアンがやってるからって他に誰もやらない方がおかしいだろう。自然と芸術、鳥、音楽を愛する者は皆好きにやったら良い。人と違うことに価値があるというのは、人と同じだから無価値であると同義ではない。

この鳥の声のデュオ・シリーズは、6曲を1セットとして4セット24曲、それが第4弾まであるので今までで96曲もある。その全ての曲が、それぞれ別の鳥の名を冠しており、鳥って色んな種類がいるんだなあと果てしない気持ちになる。自分は世界のことを何も知らないんだなあ、世界は広いなあ、と。
正直な話、メシアンの鳥のカタログなんかもそうだけど、こういう音楽ってどんな風に鑑賞したら良いかよくわからないと思う人も多いだろう。真面目に正面からがっぷり四つで向き合っても集中力が保たないし、肩透かしを食らいそうだ。BGMにするのもなんか変な感じ。まだ自然音でも流しておいた方がそれらしい気もする。
もし自分が鳥博士で全ての鳥の鳴き声をマスターしていれば、あるいはマスターしていなくても1曲1曲鳴き声を検索してそれを聴いてから曲を聴くことも可能だが、あまりにも面倒くさすぎる。音楽鑑賞を趣味とする人間にとって、このような音楽との向き合い方は、ある意味では鑑賞者としての練度を測る良い物差しになりそうである。これを読んでいるあなたなら、どんな風に聴きますか? あ、現代音楽には興味ないから聴かないって? それも良いと思うよ(笑)


そう言えば最近、いや、年がら年中ではあるけど、芸術鑑賞に知識が必要かどうかというどうでもいい話題で界隈は盛り上がる。いや僕は、心底どうでもいいと思ってしまうね、というのも僕は学問的あるいは教育的に責任ある発言をする立場ではないし、その一方でさすがにある程度長い年月鑑賞趣味を続けていれば少なからず知識は付くものだし、必要不要とどちらの意見だけが正しいとは言えないからだ。そんなの究極、ケースバイケースだよ。まあ、僕は最近もう劣化が激しくて知識が付いた側から零れ落ちていくのだけど……。芸術の世界は、知識があればあったで高いレベルの楽しみがあるし、なければないで誰も彼もを受け入れて楽しませてくれる、そんな山のように高く海のように広い世界なのだ。
だから、鳥の鳴き声を調べてから1曲ずつ分析しながら聴くのも良いだろうし、よくわからないままとりあえずスピーカーで流してお茶でも飲みながら聴くのも良い。音楽の知識や鳥の知識はあってもなくてもいい。大事なのはピュアな心で音楽と向かいあうことだ。急いで学びたい人、ゆっくり学びたい人、学びたくはなくてただその一時だけ楽しみたい人……それが自分の本当の心の往くところであれば「どう」でもいいのだ。
こんな声の鳥が本当にいるのかよ!と、聴いた後に鳥の声を探してみる。それを全曲やったら大変だが、気になったの1つか2つくらいなら、スマホ一つですぐにできる時代。僕が曲を聴いて気になって調べたのは下の写真の鳥さんである。曲集の何番かも、曲名(鳥の名前)が何かも、ここではあえて伏せておく。皆さんも気になった曲があったら探してみてください。それが幸せの青い鳥、運命の出会いになるかも!

日本にはいなそう……

全ての曲について言えることではないが、カウイーの前作らと比較しても、やはりサックスだからかちょっとジャズっぽいと思う場面もある。アフリカの鳥たちが、ジャズの主人公とも言えるサクソフォンで表される必然性のようなものにも思いを馳せてみる。遥か昔から現代までその地で存在してきた生物たちと、それに比べれば短いながらも紆余曲折しながら辿ってきた人間の音楽の歴史と、並べて考えてみる。人間と、自然と、それを繋ぐ営みが芸術であり音楽であるのかもしれない。
上盤のブックレットではカウイーのコメントや彼が描いた絵も見られて面白い。演奏したサクソフォン奏者ジェラルド・マクリスタルのコメントもある。半年近くかけてレコーディングに取り組んだそうだ。彼のコメントの最後の部分を引用しよう。

悲しいことに、このプロセスの間に母が亡くなりました。母は鳥が大好きで、庭の小さなロビン(ヨーロッパコマドリ)に餌をやっていました。母の葬儀の日、私たちが母を運んでいると、一羽のロビンが現れ、この上なく美しい歌を歌いました。レスターの庭ではあまりロビンを見かけないのですが、この夏の終わり、私が本当にこの曲集に没頭していると、一羽、庭に現れ始めました。私はそれを、前進して仕事を成し遂げるためのサインだと受け取りました。これがそのプロセスの結果です。

別にいい話をして終えようというつもりじゃないけど、人間と自然とを繋ぐ営みが芸術であり音楽であると、そんな風に思うのも間違いではないかもしれない。母の棺で歌った鳥は何かを伝えたくて歌ったのではないだろうし、夏の庭に来た鳥は何かを伝えたくて彼の前に現れたのではなく、偶然飛んで来ただけだろう。
鳥はなぜ歌うのか。僕はなぜ音楽を聴くのか。ああ、なぜ、こんなところで、誰のためでもなく、ただただ音楽の話を書いているのか。なぜなら……。


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Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

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