ロータ フルートとハープのためのソナタ
これはおそらくロータが提示した最も完璧な基準と言えるだろう。ロータの自伝、真実、そして創造性の詩的な総和のようにも思える。まさに彼の言葉、彼自身の言葉だ。なぜそれを口にしないのか? ここでは、古風で親密な、ラヴェル・イタリアーノの声のこだまのように感じられる。それまで存在しなかった様式を創造した人物の声のように。そしてこのソナタは、現代イタリア音楽にしっかりと根ざそうとしているように思える。
上記の引用はイタリアの指揮者ジャナンドレア・ガヴァッツェーニが著書『ヨーロッパの音楽家たち:同時代人に関する研究』(Musicisti d’Europa: studi sui contemporanei)で、ニーノ・ロータの「フルートとハープのためのソナタ」について語った際の言葉である。先日、サントリーホールのチェンバーミュージックガーデンで白井さんと吉野さんのリサイタルを聴き、そこでヴァイオリンとハープ用に編曲されたこの曲を聴いた。そのときのパンフレット掲載のプログラムノートで、音楽評論家の矢澤孝樹さんが「イタリアのラヴェルとも評された透明な音調に、ほのかな古代趣味が香る」と書いていて、ロータのことをイタリアのラヴェルなんて呼んでいるのを聞いたことがなかったので調べてみたらガヴァッツェーニの評にあたったのだ。
リサイタルで聴いたのがとても良かったので、帰ってからいくつか録音を探してみたのだが、やはりヴァイオリンによるものは見当たらず、原曲のフルートのものばかり。ヴァイオリン演奏で聴けたのは貴重な機会だったようだ。しかしもちろん、フルートとハープの組み合わせ自体は最高にマッチするものであり、録音はどれを聴いても大変楽しかった。

映画音楽で有名なニーノ・ロータ(1911-1979)はいわゆるクラシックの作品も多数残している。ロータの詳しい話はここでは省略しよう、知りたきゃAIにでも聞いてくれ……なんて拗ねているわけではないが、もうそういう時代かもしれない。時代に乗り遅れるのは悪いことかしら、いやいや、むしろロータこそ時代の流れに逆行するような音楽を書いた人物だった。新古典主義と言えるかもしれない。だがまあ、そういう風にくくるのも少し違う気がする。ガヴァッツェーニの言葉を借りれば、ロータは「それまで存在しなかった様式を創造した人物」だろう。
先日のリサイタルでは、ハープ奏者の吉野さんが鍵盤楽器パートをアレンジした曲をいくつも取り上げていたが、それらも良いけどもやはり初めからハープのために書かれた音楽の方が、自然な印象で聴いていて気持ちが良かった。フルートをヴァイオリンで弾くのと、ピアノをハープで弾くのだと、違和感としては後者の方が大きくなりがちに思う。きっと弾いているご本人は、聴く方よりもいっそうそんな風に感じているのではなかろうか。
ロータは1937年に作曲したこの「フルートとハープのためのソナタ」を、ハープ奏者のクレリア・ガッティ・アルドロヴァンディ(1901-1989)に献呈している。作曲においては彼女からアドバイスをもらっていたのかもしれない。まるでハープ奏者が書いたのかというくらい自然に聴こえる曲だ。アルドロヴァンディのことは詳しくわからないが、どうも二度(以上)結婚したようで、夫エイテル・モナコはイタリア映画界の大物プロデューサー、もう一人の方の夫グイド・M・ガッティは著名な音楽評論家でLux Filmの経営者でもあり、多くの作曲家を映画音楽に引き込もうとした人物だそうだ。彼女とロータの縁も深かったのだろうと想像できる。
3楽章構成で15分弱くらいの長さ。第1楽章Allegro molto sostenuto、牧歌的なメロディーが美しい。フルートからハープにメロディーが交代すると少し面白味のある和音で色彩が加わる。先日のリサイタルのテーマは「満ちていく彩り」だったが、この曲もまた徐々に色彩が豊かになっていくように展開する。牧歌的ではあるが、運動量も徐々に大きくなり、決して強くアタックしてくるような音ではないが力もあふれている音楽だと思う。第2楽章Andante sostenutoも穏やかだが退屈しない、良い緩徐楽章。余談だが、1937年にロータはタラントにあるパイジェッロ音楽院でソルフェージュを教えていたそうだ。ということで、タラントの海の写真を貼っておこう。太古の昔から変わらない景色を眺めながら、フルートとハープの古風な調べに耳を傾けていただきたい。


ここまでで少し、ラヴェルのような雰囲気もわからなくはない。第3楽章Allegro festosoはしっかり古典派風味で、再び活気づく音楽。シンプルなABA形式、中間部の広がりも素敵だし、両端部はフルートとハープの対話も活き活きとしていて、愉しげに笑いあっているかのようだ。中間部終わりから再びAパートに戻るときの一瞬の静けさもいい。さり気ない演出でドラマチック。
ロータの粋が詰まった大傑作で重要作品だとガヴァッツェーニは捉えているが、その域に達するのまだ僕なんかには中々難しいし、結構、普通に聴き流してしまえるというか、良い曲だけど別になんのこっちゃない音楽でもある。音楽史では1937年といえばベルクの「ルル」やショスタコーヴィチの交響曲第5番が初演された年、そういうインパクトとは程遠い。また1937年はラヴェルが亡くなった年でもある。ラヴェルが亡くなり、そしてラヴェル・イタリアーノの声がこだまする音楽がここに生まれたのか。なんかちょっと面白いね。
最近は仕事がめちゃ忙しくて、あまりブログを書けないのが悲しいのだけど、そういうときはそういうときでまた自分の心に響く音楽も色々変わったりするもので、古代への温かな眼差しを感じるような新古典主義の愛らしいソナタにふと胸を打たれたのだ。全ての人にとって共感できる音楽かどうかはさておき、今の自分には、このソナタは非常に良い音楽である。僕のような素人には当然わからないことも沢山あるが、今の僕にしかわからないこの曲の良さというものも、確かにあるのだ。良い曲と出会えたリサイタルに感謝しよう。おお、ソナタを知ってマロはクラクラ、やんごとなき甘さ、マロをとろかせる……。
Author: funapee(Twitter)都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more


