S・ブリクシ ミサ曲 ニ長調
フランティシェク・クサヴェル・ブリクシ(1732-1771)の曲を取り上げるより先に、父であるシモン・ブリクシ(1693-1735)を取り上げるのはいかがなものかと思うが、よく考えたら「普通の人はブリクシと言えばF.X.ブリクシだよね!」と言うのもおかしいというか、どっちも知らない人が大多数であろうから、別に気を遣う必要などそもそもないはずである。我が道を行こう。
F.X.ブリクシの方はオルガン協奏曲などでそれなりに有名な作曲家である。1732年生まれだから、ハイドンと同い年だ。一応音盤を挙げておこう。
そんなF.X.ブリクシの父、シモン・ブリクシは1693年生まれ、J.S.バッハが1685年生まれなので、8歳年下である。チェコの作曲家で、プラハ大学で法律を学ぶも音楽を志し、教会のオルガン奏者になる。彼の作る曲はすこぶる評判が良く、すぐに作曲依頼が増えるようになり、後に音楽教師や聖歌隊の指揮者なども務めた。1735年に結核で没。フランティシェク・クサヴェルはシモンの2番めの子で1732年生まれ、ということは、まだ子どもが幼い頃に父は亡くなっているのか。いずれ父のように、あるいは父以上に有名音楽家になるのフランティシェク・クサヴェルは、父の記憶もほとんどないだろうし、父シモンは息子が音楽家として大成功を収めるのを見ずにこの世を去っている。きっと天国で再会したときには互いに褒めあったことでしょうね。
僕は記事冒頭の音盤でシモン・ブリクシのことを知った。ヤン・ハーデク指揮ヒポコンドリア・アンサンブルほかによる2021年録音。ミサ曲ニ長調、キリストの栄光なる復活のアリエッタ、聖体の祝日のためのリタニア、マニフィカトなどを収録した宗教声楽作品集である。どの曲も大変美しい。今回はミサ曲を取り上げたが、別にそれ以外の曲でも色々書きたくなるくらい良かった。チェコの伝統的な聖歌や、イタリアのバロック音楽にも興味を持ったそうだし、またゼレンカを思わせる作風と書かれることもある。実際にゼレンカの影響もあるそうだ。マニフィカトはバッハと同じようなテクストの扱いで、どちらが先に書いたか(バッハのマニフィカトは1723年作/1728-31年改訂)、互いに認識していたかなど詳しくは不明。マニフィカトの方は15分ほどの長さなので、まずそちらから聴いてもらっても良いかもしれない。まあでも、僕はこのミサ曲を聴いて好きになったから、こっちをオススメするけどね。ちなみにバッハのマニフィカトは16年前にブログで取り上げています。昔の記事なので内容は薄いけども。
ミサ曲ニ長調は32分。慣例通り5つの部分で構成されており、キリエ、グローリア、クレド、サンクトゥス、アニュス・デイ。冒頭のコーラスによるキリエが短くも美しい、この瞬間に心惹かれた。澄み渡る明るい祈りの響き。独唱のクリステに続きフーガのキリエ、ここは厳格とまでは言わないものの、巧みな対位法。ちょっとモーツァルトのレクイエムのキリエを思い出してしまう。まあこっちの方はは長調だけども。このフーガのメロディは最後にも登場する。楽器は2つヴァイオリンと通奏低音で、作曲した際の教会の都合も大いに関わっているだろう。そんなに大人数の楽隊/聖歌隊がいたとは思えない。
グローリアの祝祭的な雰囲気もとても良い。合唱と独唱が交互に現れる。ソプラノ独唱のLaudamus te、このメロディが非常に生き生きとしていて美しい。もちろん、ハナ・ブラシコヴァの歌唱が素晴らしいからというのもある。Domine Deusは二重唱。Qui tollis peccata mundiの半音階の進行も良い、テクストに沿っている。Quoniam tu solus sanctusはバス独唱。本当に、アリアがどれも非常に魅力的だ。豊かなメロディに、ヴァイオリンとの対話。Cum Sancto Spirituはフーガ。アリアが魅力的と言った直後だが、フーガも魅力的なんだよなあ……もっと続いてほしいと思ってしまう。しかしこれがちょうど良い分量なのだ。分量と言えば、サンクトゥスとアニュス・デイが短めなのもなにか都合があるのか、良いバランスである。
クレドのCrucifixusは弦楽器の刻みから、これは十字架を打つ槌の音、この音を背景にアルト、テノール、バスの三重唱が繰り広げられる。CD解説ではヘンデルやヴィヴァルディに匹敵する優雅さと称えられている。深く頷く。サンクトゥスのBenedictusにはアルトとテノールの二重唱もある。短いがこれも聴きどころだ。アニュス・デイはフーガ、キリエのフーガと同じメロディでDona nobis pacemと歌われる。
当時としては音楽史的に存在するありとあらゆる技法が詰め込まれたようなミサ曲である。シモン・ブリクシ、多彩な表現ができる作曲家だ。何よりメロディが良い。僕はメロディ大好き人間なので、そういう音楽にいっそう惹かれるのだけど、このシモン・ブリクシもまた良いメロディが無限に湧き出てくる人なのだろう。作品の多くは消失してしまったそうだが、この音盤の宗教声楽作品はどれも充実した作品だと言える。器楽作品なんかも復活されると良いんだけどなあ。まあ、このCDだけでも十分な時間楽しめるので、気長に待ちましょう。
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都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more