中田喜直 四手連弾のための組曲「日本の四季」
2023年は日本の誇る歌曲の大家、中田喜直(1923-2000)の生誕100年にあたる。このブログでは2018年に女声合唱組曲「美しい訣れの朝」を取り上げており、ぜひ記念すべき今年も何か書こうと思いながら、もう12月になってしまった。今回は歌曲や合唱曲ではなく、ピアノ四手連弾のための組曲「日本の四季」を取り上げよう。中田喜直が自ら作曲した名作歌曲をはじめ、日本の四季の歌の旋律をふんだんに取り入れた、ピアノによる絵葉書のような組曲だ。
曲のちょっとした解説、に行く前に、僕の個人的な中田喜直への愛着について書こう。「美しい訣れの朝」の記事や今年聞いた東混の演奏会の感想記事でも書いているが、新潟にある母校の中学校の校歌を作曲したのが中田喜直で、それがとても良い曲だったのが好きなった最初のきっかけなんだけども、もう少し詳しく書くと、中学生のときに中田喜直の曲をピアノで弾いたことも、好きになったきっかけとしては大きい。これは、僕の通っていた中学では夏休みの自由研究がどの科目から選んでもよくて、何でもいいから必ず一人一つやることになっており、僕は3年間音楽を選んで何かピアノの曲を弾くという、ある意味楽をしてやり過ごしたのだが、そこで校歌の作曲者だからということで中田喜直の曲を選んだのだ。夏休み明けの音楽の授業で発表する機会があり、クラスの前で弾いた覚えがある。中田喜直自身のピアノ編曲による「ちいさい秋みつけた」や「雪の降るまちを」など、美しい曲なので練習するのも楽しかった。
それらの曲も登場する四手連弾のための組曲「日本の四季」は、1977年、日本のピアノ連弾の発展に寄与した児玉幸子・邦夫両氏の連弾リサイタルのために作曲された。連弾を楽しむピアニストであればプロアマ問わず割と知名度のある作品だとはあると思うが、いわゆる聞き専のクラシックファンはあまり見向きしないところかもしれない。しかし、日本の歌曲界を牽引し芸術的に高めたと言ってもいい中田喜直の紡ぐ美しい旋律と、クラシック音楽の伝統に則ったピアニズムが合わさることで、親しみやすさと奥深さが共存する素晴らしい作品になっている。弾くだけだなく聴いて楽しむのに十二分のクオリティがある作品なのは確かだ。
6曲からなる組曲で、演奏時間は全て合わせると20分ほど。抜粋で演奏会に取り上げるデュオも多いようだが、全曲まとめてとなるとそう多くはないかもしれない。四季は巡るもの、ぜひ全曲録音が増えてほしいものだ。録音は、サブスクですぐ聴けるのは記事冒頭に画像を貼ったDa Vinciレーベルのものしかない。ルカ・アルナルド・マリア・コロンボ&知念杉子のデュオで、2018年録音。ザイラー・ピアノ・デュオの録音もあるようだが廃盤、You Tubeにはピティナの動画もある。アマチュアが楽しく弾ける曲という点では既にその役割を大いに果たしていると思うので、そろそろ世界的ピアニストが本気でレコーディングするという方面でも、もっと知名度が高くなってほしい。
第1曲「春がきて、桜が咲いて」、桜の花が風に舞うような、琴の音でも聞こえてきそうな、そんな穏やかに動くリズムの支えの上で中田喜直作による「さくら横ちょう」のメロディが登場し、組曲の音楽は始まる。岡野貞一の「春が来た」、そして中田喜直の父中田章の名曲「早春賦」も現れる。曲の終わりで散る桜の様子も美しい。
第2曲「五月晴れと富士山」、爽やかに晴れた空の壮大さは重なる和音が表現してくれる。さながらシューベルトの即興曲、優しい音楽だ。最後は文部省唱歌「ふじの山」より「富士は日本一の山」と歌われて締めくくる、これがまた良い。
第3曲「長い雨の日と、やがて夏に」、ドビュッシーかラヴェルか、まるで印象派のような響きで梅雨が表現される。「雨雨ふれふれ母さんが~」と中山晋平の「あめふり」が挿入されるも、楽しい雨降りというよりも気だるい雨の季節は中々終わらない。長く続く雨の中、徐々に光が差すように音楽も晴れ渡り、ついに中田喜直の名曲「夏の思い出」が現れる。この瞬間の感動は鳥肌ものだ。
第4曲「さわやかな夏とむし暑い夏と」、まずは小山作之助の「夏は来ぬ」で明るい季節の到来を喜ぶ、それもつかの間、雲行きが怪しくなるとベートーヴェンの田園よろしく嵐がやってくる。台風の季節もしっかり描いているのは面白い。激しい音の嵐、個人的には、単純な自然描写は無調で、人間の歌は調性音楽であるべき、という考え方があるようにも感じる。
第5曲「初秋から秋へ」、自身の名曲「ちいさい秋みつけた」が秋の訪れを告げると岡野貞一の「紅葉」へ。小林秀雄の「まっかな秋」も混ざり、秋まっ盛り。モーツァルトやドヴォルザークなどの、明るくリズミカルな音楽を想像する、楽しい輪舞曲のようだ。
第6曲「冬がきて雪が降りはじめ、氷の世界に、やがて春の日差しが」、ちらちらと雪が舞い、輝く結晶の美しさはダイヤモンドのごとし、ドビュッシーの「雪は踊っている」も思い出したりしているうちに、舞台は「雪の降るまちを」、中田喜直の傑作が登場する。この曲が来れば当然、ショパンの幻想曲も脳裏をよぎる。寒々しい歌も消えると、そこはまさに幻想の世界、音楽は氷の世界へと我々を誘う。厳しい日本の冬を耐え忍べば、今度は春の兆し、再び第1曲のリズムに回帰。ラヴェルの連弾の名曲マ・メール・ロワの終曲のように、まるで妖精たちが春を祝福しているかのようだ。最後に早春賦が顔を出し、季節はめぐる。素晴らしい終わり方。
日本の美しい四季を描いた作曲家、中田喜直の生誕100周年にあたる今年、2023年は、なんともめちゃくちゃな季節だった。もう夏が暑すぎるし秋は短すぎるし、こんな音楽は二度と作られないんじゃないかと思ってしまう。日本の四季が美しかった時代を思い出す、なんて言い方はしたくないけどね。夏が来れば思い出す……そう、僕は今年、子どもたちに何度も何度も「パパが子どもの頃はこんなに暑くなかった」と言っていたのを、きっとこれから毎年夏になると思い出すのだろう。小さい秋を見つけた途端に冬になり、冬になれば「もう僕は二度と雪の降るまちには住まないぞ」と誓い、春になってさくらが咲けば、ああいつも花の女王、北大路さくらを思い出すの……それはともかく、この組曲はもっともっと思い出されて然るべき傑作である。
四手連弾のための組曲 日本の四季 中田喜直 楽譜 – 1979/12/1
中田 喜直 (作曲)
四手連弾のための組曲 日本の四季 中田喜直 楽譜 – 1979/12/1
中田 喜直 (作曲)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more