スメタナ オルガンのための6つの前奏曲
2024年は年明け早々悲痛なニュースの連続で、どうにも祝祭的な気分にはなれないが、チェコの作曲家ベドルジハ・スメタナ(1824-1884)は今年が生誕200周年。ブルックナーも同じく生誕200周年なので、きっとそれらにちなんだプログラムが今年は彼方此方で聴かれるのだろう。
ブルックナーの曲で演奏されるのはほとんど交響曲、まれにミサ曲などもあるだろうが、スメタナという作曲家もまた演奏・録音される曲目が限られてしまうタイプの作曲家である。モルダウを筆頭に連作交響詩「わが祖国」、歌劇「売られた花嫁」序曲に、室内楽なら弦楽四重奏曲とピアノ三重奏曲、あとはチェコ舞曲集を最近はちょこちょこ目にする。これら以外となると非常に珍しい。2021年には「勝利の交響曲」というスメタナが30歳で書いたややマイナーな作品をブログで取り上げた。
今回はさらに若く、スメタナが22歳の頃に作曲したオルガン作品を紹介したい。オルガンのための6つの前奏曲、スメタナ唯一のオルガン曲である。
なぜオルガン曲を選んだのかというと、色々理由はある。まず、あまり激しい音楽を聴きたい気分にならないというのが一つ。元旦から北陸で大きな震災があり、僕も新潟生まれなので実家や地元の友人たちと連絡を取り合ったりしていたが、ともかくも平穏無事と復興を祈るばかりである。別に何を聴いたって自由だが、どうしても静かめな音楽を選んでしまう。たまたま、今年の音盤聴き初めはジョン・ラター指揮マンチェスター・カメラータの“Classical Tranquility”という、静謐さをテーマにしたアルバムだった。解説でラターは、音楽には静謐を呼び起こす特別な力があると語っている。僕もそう思う。音楽には心を激しく燃え上がらせる力もあれば、また静かに、穏やかにする力もあるだろう。
Classical Tranquillity Manchester Camerata John Rutter
また、ここ数年で僕のオルガン曲への興味が大きくなってきたのも理由である。大好きだと言えるオルガン作品もいくつかできたので、ここで紹介したいなあと思いつつ、まだ書いていないものがほとんど。あとは、何度も書いているが子どもが小さいうちは夜と休日の演奏会には行かないようにしていて、平日マチネばかりなんだけど、そうすると大きなホールでランチタイムコンサートとしてオルガンの演奏会を企画しているのをよく見かける。これが意外と(って言ったら失礼か)良いもので、これとか、これとか、詳しくはないが、とても良い時間だった。行けるときは積極的に行きたいと思うようにもなった。
当然オルガンの音楽というと、教会、カトリックの音楽と密接に結びついているものが多い訳だが、もちろんそれ以外もたくさんある。今回取り上げるスメタナの曲は、カトリックのミサのための、典礼的使用を目的として書いたものだそうだが、実際に使用されたのかどうかは不明だし、明確に宗教音楽だと言うのも違う気がする。ちなみにスメタナは16歳から数年間、カトリック修道会の学校で教師をしていた従兄に面倒を見てもらっていた時期があるそうだ。その後ヨゼフ・プロクシュの元で音楽を学んだスメタナは、プロクシュからレオポルド・トゥーン伯爵の家で子どもたちに音楽を教える仕事を紹介してもらう(なおトゥーン伯爵の家でロベルト&クララ・シューマンと出会っている)。そのトゥーン伯爵の依頼で1846年に書かれたのが「オルガンのための6つの前奏曲」である。
第1曲はレント ハ長調、第2曲はグラーヴェ ハ短調、第3曲はパストラーレ ト長調、第4曲はアンダンテ ト短調、第5曲はモデラート ニ長調、第6曲はアンダンテ ヘ長調。Cから始まり、バッハの平均律のように長調短調交互にで五度圏で進むのかと思いきや、最後だけなぜかヘ長調になる。どれも2分か3分ほどの長さ。
とにかく一度、聴いてみてほしい。おそらく耳の肥えたクラシック音楽通や、あるいは「頭で理解しよう」と探るように聴く評論家肌のクラシック音楽通にとっては、はっきり言って箸にも棒にもかからないような音楽だろう。あまりにもシンプルで、これについてあれこれ分解して解説するのなんて、おこがましくも思える。そこらの音大生が即興で弾いても多分大差ないだろうし、僕も違いに気付かないと思う。もっとも、スメタナだって22歳な訳だけども。
ただ、静かな空間で、ヘッドホンなどではなく部屋のスピーカーで鳴らして、音を浴びるように聴くと、なんとも言い難い美しさがあることはわかるはずだ。もちろん本物のオルガンで生音を浴びるのが一番良いけど、仕方がないのでランチタイムコンサートで聴いたようなオルガンの音を浴びる時間を思い出しながら聴く。教会に通う人の気持も想像する。そして同時に「音楽には静謐を呼び起こす特別な力がある」という言葉も思い出す。静謐のために音がある……ミサではないけれども、小さな祈りの時間に相応しい音楽かもしれない。まずはレント、事物の世界から自分を切り離し、時間の流れをゆっくりに。グラーヴェ、荘重に、ここでは丁寧に、音と向き合う。穏やかな牧歌に安寧を願い、まるで小さなパッサカリアのようなアンダンテでは町で歌われるものに思い遣る。ニ長調のモデラート、この小さくも輝かしい光に勇気をもらって終曲へ。
いつ、どこで、どのように音楽を聴くかによって、受け取り方は大きく変わるものだ。ある音楽を聴いてつまらないと棄てることも、聴き流して終わることも、当然悪いことではないけれど、翌日同じ音楽を聴いて感動の涙を流してしまう……なんてことだってありえるから、音楽は面白い。僕は今、このタイミングでこの曲を聴けたことを幸いに思う。
スメタナは30代半ばには、これを自分で一度も弾いたことがないと言っているらしく、また50代では自身の作品リストのピアノ曲の欄に入れている。ピアノで演奏した録音は聴いたことがない。どうしたってオルガンらしさが強いけど、案外ピアノもありなのかもしれない。バッハの音楽だってそうだしね。音楽を聴けることに感謝し、今年も素晴らしい音楽と出会えますように。
Great European Organs, Vol. 67: The Holy Cross Deanery Church, Litomysl Michal Novenko
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more