アバド指揮 ルツェルン祝祭管 モスクワ公演(2012年)について

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エアチェックで聴いた演奏会などで、あまり世の中にレビューがないもの、特に日本語では書かれていなさそうなものを、こうして紹介しようと前々から思っていたのだが、結局ここに書かずに、最近優先順位が上がっているTwitterの方で先に書いてしまった。


それにしても、Twitterをやってみてわかった、アバドは人気である。アバドの話をするとTwitterでも反応がいい。なんか昔は貶され役だった気がするんだけど。ともかく、誕生日が6月26日でアバドと同じ僕としては、非常に誇らしい話だ(全く関係はないけど)。ちゃんと音盤として入手できるものをもっと絶賛して紹介すれば尚更ウケがいいんだろうが、僕はひねくれているので、そういうことをしたい気持ちもあまりない。もっとも、多くの録音が残り、それらが入手容易というのも、アバドの功績であり良いところだし、正規盤で本当に素晴らしいものだっていくつもある。それらは追々ということで、またマニアックな話。

クラウディオ・アバド 最後の演奏会


アバド逝去の際に、ルツェルン祝祭管の2013年の録音については、ブログに書いた(上のリンク)。その当時は音盤化していなかったが、今はこれもCDで聴ける。今度はその録音の前の年、2012年のモスクワ公演の話をしよう。


おそらく、そのモスクワ公演がラジオ・オルフェウスで放送されたのも、アバドの追悼番組だったと思う。2012年9月のチャイコフスキー・コンサートホール、プログラムはモーツァルトのピアノ協奏曲第17番(独奏マリア・ジョアン・ピリス)、ブルックナーの交響曲第1番。この公演の存在を知る人は少ないだろう。クラオタのエアチェック勢でも、ロシアの放送を録る人は少ないと思う。いや、実際多いか少ないかは知らないけど、録らない人の理由は明らかである。よほどロシア系のファンでなければ、面倒なくせにリターンが少ないし、音質も悪いからだ。僕も最近はひところと比べると、ロシアのおっかけはちょっとサボり気味である。まあそのくらいの方が人間らしい生活ができる。しかし、たまに度肝を抜かれるような音源に出会うことは実際にある。これもその一つだ。このコンサートの存在自体は、辻野志穂さんのアバド資料館にも載っている。
https://www.ne.jp/asahi/claudio/abbado/rai.html


ピリス&アバドのモーツァルト ピアノ協奏曲第17番K.453は、この公演よりも20年近く前に録音したヨーロッパ室内管のCDがDGにある(下のリンク)。2012年の公演では、それよりはやや大きく構えつつも、あのシンプルなアプローチ自体はCDと変わらずに楽しめる。しかし驚くべき演奏は協奏曲ではなく、ピリスがソリスト・アンコールで弾いたシューベルトの即興曲D935-2、これが超名演でビビった。聴衆も圧倒的に熱狂しているのがわかる。いやはや。


さて、本題に入ろう。ブルックナーの交響曲第1番、もちろん晩年のアバドなのでウィーン稿をチョイス。演奏はと言うと、CD化している2012年8月録音(下のリンク)と大差ない。あれ、本題がもう終わってしまった……いやいや、でも本当に、そんなに差なんてないんですよ。ですが、ふと思ったのは、「あれ、もしかしてモスクワの地でブルックナーの交響曲第1番のウィーン稿が鳴り響いたのって、ロジェストヴェンスキー以来なんじゃない……?」ということ。


正直なところ、その件については全く確証はないし、調べる気にもならない(ものすごく面倒なくせにリターンが少ないから)けど、もし本当にロジェストヴェンスキー以来だとしたら約30年ぶりということになる。まあ実際はどうあれ、このアバドによるブルックナーはレアな演奏会だったことには違いないだろう。そもそも、1番のウィーン稿と言えば、アバド以前では、ブルックナーが最終的にこっちに直したんだから従いますという頑固一徹のヴァントはともかく、シャイー、ギーレンといった、直球勝負ではなく明らかに捻って変化球勝負したがるタイプの指揮者か、あるいはレオン・ボットスタインはじめ学究派、または地方のマイナー指揮者&オケでないと取り上げないだろう。アバド以降になると、デニス・ラッセル・デイヴィスやシャラーといったオタク以外にも、ヒメノやネゼ=セガンがウィーン稿を使って録音しているのが、これだって、ひとえに超有名指揮者アバド様が後輩の皆々様方にご提示なさったからだと思っている。ベルリンのシェフ経験者とはそういう影響力がある人物である、多分ね。ちょっと例が長くなったが、だからこそ、アバド以前にモスクワでウィーン稿が演奏されるなんてことはそうそうありえないだろうと思ったわけだ。リンツ稿は世界中でウィーン稿の何倍も多く演奏されているしね。


ロジェストヴェンスキーはどうかと言うと、もうこの人のブルックナー解釈と演奏ってのは、なんかもうコメントする気力すら無くするというか、まあこの道を行けばどうなるものか、迷わず聴けよ、聴けばわかるさ的なもので、「とにかく全種類やったろう、それにも意味がある」とか、「ドカンと鳴らそう、それにも意味がある」みたいな……。アバドのブルックナーはもちろん、ロジェストヴェンスキーの金管大爆発演奏とは似ても似つかない演奏である。そんな円やかな、芸風で言えばロジェストヴェンスキーとは真逆のような、温もりさえ感じるブルックナーの交響曲第1番ウィーン稿がモスクワで演奏されるってことに、なんかロマン的なものを感じてしまった。2012年のルツェルン祝祭管のツアーでは、フェラーラやハンブルクでも同曲を演奏しているが、モスクワでやった意義は大きいだろう。これこそが有名人、つまり「ベルリンのシェフ経験者」としてのアバドの顔であり、また良い意味でも悪い意味でも彼は国際派と言われて来たが、まさしく国際派の彼だからこそ成し得た功績の一つだろうなと。彼がウィーン稿を取り上げた意味の大きさ。日本やロシア含めた世界中の音楽ファンや他の指揮者たちに与えた影響。そんなものたちが、頭にもやもやと浮かんできた。

ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー 英国音楽の伝道師


他にもアバドの好きな録音は多くあるし、アバドの魅力は有名人になったこと以外にもたくさんある訳だし、なんなら演奏だけで言えば、このモスクワ公演なんてそんなに好きな方でもなんでもない。ただ、音楽の価値や魅力ってのは何も一つの軸で決めるものではないし、こんな小話を知って楽しんでもらえたらいいなあ、と思い書き残すのである。


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Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

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