アルコール島戦記3:鹿六六六越淡々

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★前回の記事はこちら→アルコール島戦記2:熊のように舞い、ゆらりゆら(2024年5月23日)

ついに我が故郷、新潟のお酒を取り上げるときがきた。と言っても、僕は高校までしか新潟に住んでいないし、もう新潟を出てからの方が長くなってしまったし、別に偉そうに語れるほど詳しい訳でもない。がしかし、このお酒については今こそブログに書くべし、今を逃したらもう書かないかもしれない、と思った。それが、僕の生まれ故郷である新潟県五泉市の近藤酒造さんが作る日本酒「越乃鹿六」である。

全国各地に美味しい地酒があり、特に新潟は酒蔵の数も多い。そもそも五泉市というところが県外の人には有名ではないのだけど、その市の名前からだけでも水が美味しいところだというのは想像できると思う。縦に長い新潟県で、海に面した新潟市から東側へ、つまり福島県側へ行くとある市で、三方を山に囲まれており、何も無いがとにかく水は美味い。僕はもう東京の水にも慣れてしまったけど、それこそ高校卒業したばかりの頃は衝撃的な不味さでお店に入ってもお冷なんて飲めなかった。今はもう飲めますよ。ああ、僕も汚れちまつたな。


五泉市にある近藤酒造さんは慶応元年(1865年)から続く歴史がある酒蔵。町中にある酒蔵だけども、菅名岳(標高909m)という山から水を汲んできて酒造りを行い、その山の名を冠した「菅名岳」が主力商品だ。寒の入りから9日目の水が一番きれいという言い伝えから「寒九の水汲み」という行事があり、1月の雪も多い、めっちゃ寒い中、山の中にある湧き水(通称どっぱら清水)まで行って水を汲んでくるのだ。そのご苦労話だけでも酒の肴になるだろう。クラシック音楽界隈では演奏者や作曲者の感動ストーリーを上乗せして論評でもしようものならフルボッコにされてしまうが、ただの酒飲みにとってはストーリーは重要だ、これ以上ないほどの良い話、ありがたがって味覚にプラスアルファさせるべきである。この水汲み行事は一般の人も参加できて、一緒に行ったりしているらしい。僕は寒いのも嫌いだし雪も嫌いだから絶対行かないけど、好きな人にはきっと楽しいだろう。なお酒蔵自体は歴史が古いけど、この寒九の水汲みは平成4年に始まった取り組みである。お酒の「菅名岳」は僕も新潟行ったときにたまに買う。すっきりしていて美味い。いかにも新潟の酒だ。

寒九の水汲み。画像掲載元:新潟観光ナビ


もう一つの主力「越乃鹿六」は純米吟醸。昭和56年に、東京の酒問屋から当時あまり多くなかった純米酒を作ってほしいと頼まれて作ったものだそうだ。漫画「美味しんぼ」の初期のエピソード「酒の効用」で取り上げられると売上が急増、エスカルゴに合う酒として紹介されている。今でも「美味しんぼに登場した」などと書かれた販促の仕方がされることもあるが、当時と今とでは登場したことが名誉なのか恥なのかわからんくらい意味合いが異なるので、むしろマイナスプロモーションなんじゃないかと思うこともあるが、どうなんでしょ……別に僕も「美味しんぼ」に詳しいわけではないけど、確か作中でアル添酒=悪のように評しているよね? 連載された時期とかも知らないけどさ、さすがにそれは古いというか、偏った考え方で、日本酒の奥深さを軽視してると思うなあ。もしかすると「酒の効用」が掲載された当時から、作者がそんな風に考えていたために、わざわざ純米の鹿六を挙げたのかもしれない。知らんけどね。美味しんぼを見てエスカルゴと鹿六を合わせて楽しんだ五泉市民がどれだけいたかも不明だが、僕の住んでいた当時の様子を思い返してみても、まあ、ほぼゼロだろうよ。エスカルゴなんて食べたことすらない人たちの方が多かったでしょう、そこそこの田舎だよ、そういうもんだよ。まあそれはともかく「越乃鹿六」は良いお酒である。すっきりしていて美味い。いかにも新潟の酒だ。ちょっと上のランクの越乃美鹿もある。

コミックス4巻「酒の効用」より。昔の絵だな。


あと「酔星」というお酒もある。これが近藤酒造さんの中で一番昔からあるお酒だ。銘柄としては昭和初期に出来た銘柄で、ラベルが特徴的。19世紀から20世紀前半にかけて活躍した日本画家、小川芋銭が描いた絵が添えられている。「酔星」は「よいぼし」と読み、この名前も小川芋銭が名付けたんだそうだ。昔、放浪の画家芋銭が酒蔵を訪れて飲んだ際、外に出たらあまりに星がきれいだったため「良い星」とかけて名付けたそう。僕の実家では日本酒を飲む家族はいなかったのだが、地元の人たちはこれをよく飲んでいたようで、資源ごみの日になると、この変わったイラストがついた瓶が大量に出されていたのを思い出す。それが市内のあちこちで見られた光景であり、この酔星こそ市民が日常的に飲むお酒なのだ。なお小川芋銭は茨城県の牛久の生まれで、生涯のほとんどを牛久沼の畔で暮らしたそうだが、なんと僕の妻は牛久出身である。これを運命と言わずに何と言う。もっと早く知っていたら「酔っ払って見る星がきれいですね」とプロポーズしたところだが、それだと失敗して結婚していないかもしれない。難しいものだ。

小川芋銭(1868-1938)。画像掲載元:牛久沼ドットコム
酔星のラベル。味わい深い。


本当は別のお酒でアルコール島戦記3を書こうと思っていたのだけど、先日Twitterでも書いたように、今月の連休で新潟に帰省し、実家のジジババと、うちの下の子の七五三の前撮りをしたので、せっかくなら新潟の話にしようと決めた。荷物も多いし実家の方の田舎を移動するし、今回は新幹線ではなく車で行ったということもあり、新潟で飲酒するのは望めないなあと、地元のお酒を買って帰ろうと目論んでいた。しかし結局、近藤酒造さんのお酒は買えず終い。五泉市内で買えば良かったのだろうが、タイミングが合わず。それこそ新幹線なら新潟駅の「ぽんしゅ館」で出会えたかもしれないが、今回は「新潟ふるさと村」というデカイ道の駅に寄ったら、そこでは見つけられなかった。他のお酒を買ったので良いんだけどね。家に帰って、まだ残っている「越乃鹿六」を先日飲んだ。すっきりしていて美味い。常備しているとかではなく、たまたま以前買ったか貰ったかした300mlの瓶が1本だけあったのだ。ギフト用の300ml瓶はラベルが黒でカッコいい。

白でも黒でも、背景に薄っすらと鹿がいる。近藤酒造さんの家紋だそうだ。

というかね、新潟行く予定も立っていたし、本当は今月頭くらいに越乃鹿六の話をしようと思っていたんですよ。僕は最近そんなに沢山アニメ見ないけど鹿のアニメが話題だし、これは今しか(鹿)ない!と。前回は白いトラのアニメを見逃しているし、今度こそはと。謎のアニメ「しかのこのこのここしたんたん」、前情報は何にも知らない。でもなんかビビッと来たので視聴することに即決定。日曜の深夜にMXでやってるんだけど、その少し前、7月3日かな、先行配信があってそれを見ようと思ってたら、ちょうどその日にフジファブリックの活動休止報告が出て、わけわからん鹿のアニメ見るテンションじゃなくなってしまい……ようやくアニメも見て、結局新潟で鹿六は買えず古いのを飲み、今日ようやくブログを書いている、というね。いや、この鹿のアニメ、見ててもさっぱりわからんけど、別にいいの、何でも。暑い日の晩酌、よくよく冷やした、本当にきれいな水みたいなお酒を、こう淡々と飲むんだよ、その喜び、何物にも代えがたい。


淡麗辛口を推すと「いまだに淡麗辛口信仰なのか!」と非難されるらしいが(知りませんが)、仕方ないじゃんね、新潟にそういうの多いんだし。別にそういうの飲みたいときはそういうの飲むし、甘くてフルーティーなの飲みたいときは飲む、そんだけでしょ。どういうのが通で、そうでないのはダメだとか、いや逆だとか、流行とか伝統とか、ご自由に主張なさっていただいて良いんですけどね。僕は焼酎をほとんど飲まないけど、もし九州生まれだったら焼酎を好んでいたかもしれないのと同じで、たまたま新潟に生まれた者として、一つ大事にしたい価値観があるというだけの話。何が通だ何が本物だって、そんな大げさなものじゃないですよ。

肌にしみた水ってのは間違いない。水がきれいなの良いことだ。

とは言うものの、最近ちょっと日本酒を飲む頻度が減っている。子どもが生まれてから外で飲む機会が減り、家で飲む機会が増えると冷蔵庫を圧迫するので日本酒よりウィスキーの方に手が伸びるようになってしまった。以前は仕事で結構出張も多かったので、先々で地酒を楽しむのは喜びだった。まあ、子どもが育ったら生活も変わるかもしれんし、変わったら変わったでまた、新たな楽しみを見つけられるでしょう。近藤酒造さんのお酒はあまり県外で買えないと思うので、皆さんも新潟に行った際はぜひ手にとってみてほしい。手にとってくれたら教えてね、赤髪のシャンクスのマネして「肌にしみた水から作った酒を超えるものはない。おれの故郷の酒だ。飲んでくれ!!」と言って差し上げましょう。


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Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

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