★前回の記事はこちら→アルコール島戦記1:四天王征伐(2024年4月27日)
何でも飲むがウイスキーが好きだ。父が昔よく角瓶で晩酌していて、ウイスキーの匂いにも早くから慣れてしまい、子どもの頃は氷を入れたりグラスに注いだりして準備を手伝うのも楽しかった。だが父は飲むとさっさと引っ込んで何もしないで寝る男だったので、僕はある程度の年齢になると「将来自分はこんな風にだけはなるまい」と反面教師として強く意識した。そのおかげもあって角瓶で晩酌はしないという誓いを守り続けているし、飲んだ後でも家事育児等のやるべきことは全てやる模範的父親を演じることにも成功している。ではアルコール島戦記の第2回はウイスキーの話……ではない。なぜなら、僕がデイリーの一つにしている「イチローズモルトホワイトラベル」をほぼ定価で買える近場のお店が最近閉店してしまい、悲しみに暮れているからだ。ああ、どうしよう、絶対に高い値段で買いたくない、ああ、どうしよう。
イチローズモルト モルト&グレーン ワールド・ブレンデッド・ウイスキー ホワイトラベル 46度 700ml
イチローズモルトは埼玉県秩父市にある秩父蒸留所で作られているウイスキー。美味しいのはもちろん、僕は秩父市のゆるきゃら「ポテくまくん」の大ファンなので、秩父を応援したい気持ちもある。本当は足繁く秩父に通いたいのだけど、普段はなかなかポテくまくんに会えるタイミングで行くことがかなわず。たまたま5月の連休中に、さいたまスーパーアリーナで行われるVIVA LA ROCKというロックフェスの野外イベントにポテくまくんが来る日があり、会いに行けた。久しぶりに会えて大満足。梨の妖精ほどではないにせよ、こう見えてそこそこ機敏にぽわぽわと動くのもたまらなくかわいい。踊ったりするんですよポテくまくんは。かわいいよね。フェスのコラボビール「ビバラホップ」も美味しかった。こちらは埼玉のクラフトビール工房「所沢ビール」が作っているそうだ。
ポテくまくんとの再会記念に、秩父のお酒の話をしよう。ウイスキーではなく、ミードの話。ミードはハニーワインとも呼ばれる蜂蜜を発酵させて作ったお酒で、「人類最古の酒」と言われている。黄色い熊との再会記念とあれば、これは蜂蜜の話題をするまたとない好機だろう。ミード、実は結構昔から好きなお酒で、そんなに頻繁には飲まないけど、たまに飲むと美味い。ミードは大好きなんだけど、じゃあ蜂蜜が大好きなのかというと、自分でも可笑しいが蜂蜜は嫌いなのだ。
なぜ蜂蜜が嫌いなのか。それは、なんとなく体が受け付けないからである。僕は今までに二度、ハチに刺されたことがある。一度目は幼い頃、近所の植え込みに咲く花を見て「ねえこの花なんていうの」と手を伸ばしたら、右手の中指を刺された。ぴーぴー泣いて、ばあちゃんからキンカン塗ってもらった記憶がある。二度目は大学生のとき、大学構内で業者が蜂の巣駆除をしていたため通行禁止になっていたところが、駆除が終わり開放されていたので通ったところ、ハチの残党がふらふらと僕の頭の上にやってきて、頭頂部をブスッと刺された。近くの医者に行って針を抜いてもらい、痛みも酷くなかったので、そのまま約束していた友達とのカラオケに行ったのだった。友人は「え、ハチに刺されてから来たの?」とびっくりしていたが、僕はとりあえず十八番であるラルクのHONEYを歌った。I want to fly!
HONEY
L’Arc~en~Ciel
そんな経験のせいか、大人になってからは蜂蜜がなんとなくダメで、ちょっと気持ち悪く感じるようになってしまった。悔しい。幼い頃に刺されてからハチ嫌いになった僕は、高校時代に尾瀬に行ったのをきっかけにハチ嫌いを克服した。尾瀬の広がる自然の中、木道の途中で一休みする際にアザミの花の上で一休みするミツバチたちと隣合わせになると、なんだか彼らと心がわかり合えた気がして、恐怖心も無くなったのだった。そう、同じ生き物同士、こちらが手を出さなければ向こうも何もしないんだ、仲良く生きていこうよ、と。しかしそんな僕とハチとの蜜月も長くは続かず。薬剤で錯乱したハチには同情するが、無差別攻撃をくらえばこちらも許容はできない。今は冷たい関係である。蜂蜜を使った食べ物も、食べられないことはないけど、好まないし避けている。パンケーキなんて絶対メープルシロップよ。メープルシロップは、希少な国産カエデが自生する秩父の名産の一つで、最近メープルシロップから名前を取ったポテくまくんの妹「ぷめるちゃん」も誕生したばかりだ。黄色い熊といったら蜂蜜好きと世の中は相場が決まっているだろうが、僕の大好きな黄色い熊は蜂蜜ではなくメープルシロップなの。これはもう、運命的と言ってもいい。
なのになぜか、ミードは飲めるんだなあ。元々甘酸っぱいものが好きなのもあり、お酒を飲みたい気持ちが蜂蜜嫌いの思い込みを取っ払ってくれるのかもしれない。知らんけど。初めて飲んだのはドクターディムースのカトレンブルガー・ミード。ミードという名前がどのくらい浸透しているかわからないが、ハニーワインという言葉であれば何も知らない人でも想像できるだろうし、徐々に認知度も高くなってきて色々な種類のミードが買えるようになった。最近買ったのは埼玉県秩父郡小鹿野町にあるディアレットフィールド醸造所のミードだ。秩父で取れた蜂蜜を使った看板商品の「秩父百花」をはじめ、様々な蜂蜜を使って製造を行うミード専門の醸造所で、町の廃校の体育館を使っているらしい。すごいね。元は子どもが育つ場所、今はお酒が育つ場所。さすがは日本、少子化の国。「秩父百花」も美味しかったし、青いラベルに花火がきれいな「秩父星花」も良い。秩父を舞台にしたアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」も思い出してしまうね、いやロケット花火じゃないけど。冷蔵庫でキンキンに冷やしてグラスに注ぐ。最古のお酒だけあって、ちょっとアンティークっぽいデザインの施された小さめのワイングラスを使うのも良い。氷も炭酸もいらない。グッと飲む。よく冷えていると甘さも程よく、爽やかな酸味と香りが楽しい。クリームチーズもドライフルーツも合う。マリアージュしてハネムーンと参りましょう。
蜂蜜酒 秩父百花 ミード 375ml 国産
ディアレットフィールド醸造所
ハネムーン(蜜月)の語源にもなったというミード。Wikipediaによると「古代から中世のヨーロッパにおいて、新婚直後の新婦は住居から外出せずに1か月間、蜂蜜酒を作り、新郎に飲ませて子作りに励んだ。これは蜂蜜に強壮作用があるとされたことと、蜂の多産にあやかるためではないかとされる」とある。本当か? なら少子化対策に全ての廃校の体育館で作ったらよろしいね。まあ冗談はともかく、人は蜂蜜に強壮や多産を期待するのに、生まれてきた赤ちゃんには蜂蜜が禁忌なのって、なんか世界のバグっぽいよね。僕は割と大人になるまで赤ちゃんに蜂蜜ダメって知らなかった。だって蜂蜜嫌いだし。皆も気をつけてね。
人類最古のお酒というだけあり、歴史の深さがよく語られる。日本ミード協会のページでもヒンドゥー聖典やギリシャ神話などが挙げられている。このページではプラトンと書いてあるけど、海外ではよく「アリストテレスが言及している」と書かれる。まあアリストテレスくらい博物学的になると大体のものが言及されているだろうが、あまりソースが示されることもなく、一体アリストテレスはどこで語っているのかちょっと調べてみたのだけど、いまいちわからない。どうせプリニウスが適当なこと言ってるだけなんじゃないの? 一応『気象論』第4巻でそれらしき記述はあるものの、第4巻って真作認定されているのかしら、僕はプラトン好きだけどアリストテレスはよく知らないので。ハチや蜂蜜の話は『動物誌』第5巻にあるし、ちょっと検索したら蜂蜜売ってる会社のページにはちゃんと『動物誌』を引いてアリストテレス云々と書いてるとこもあったわ。でも『動物誌』には蜂蜜酒への言及はなさそうだけどね。誰か調べてみてください。僕はミードが飲めれば良いのであって、別にハチにも蜂蜜にも詳しくなりたくはないのだ。だって蜂蜜嫌いだし。
気象論・宇宙について (新版 アリストテレス全集 第6巻)
アリストテレス (著)
動物誌 上(アリストテレース) (岩波文庫 青 604-10)
アリストテレース (著), 島崎 三郎 (翻訳)
健康を謳う酒は怪しいけど、適量なら百薬の長と信じて、古代から尊ばれていたミードを飲むべし。忙しい現代人は毎日が戦いだ。ハチの巣みたいな東京で働き蜂の行列をなす方々も、甘い甘い夢を見るまだ柔らかな幼虫の方々も、ミードを飲んで元気百倍、日々の戦いに備えよう。そしてあの熊のように舞い、ゆらりゆら、蜂のように刺す、ブンブンバァ! 発進することアムロ・レイのごとく、飛行することリムスキー=コルサコフごとく、悪のディセプティコンを倒すことオートボットのごとし。いいや、むしろ本当の敵は自分か、そう、敵は我なり、とどけ遠雷、狙いすました……もう蜂ネタやめようか、戦記っぽくしてみたんだけど。そもそも『蜜蜂と遠雷』だって僕知らないんだよね、やっぱりほら、タイトルがさ、体が受け付けなくて。どうでもいいけど『動物誌』第8巻には、熊は蜂蜜を取るために巣箱にやってくると書いてある。アリストテレス、お前もか! うちのポテくまくんはそんなことしません!
★次回の記事はこちら→アルコール島戦記3:鹿六六六越淡々(2024年7月19日)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more