クープラン クラヴサン曲集第4巻 第22組曲:夏バテ予防のクラシック

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クープラン クラヴサン曲集第4巻 第22組曲

先日、Twitter上でラヴェル友の会さんが「ラヴェルの音楽あなたのTOP5」というハッシュタグでランキングを集計しており、第1位はクープランの墓、2位はピアノ協奏曲、3位は亡き王女のためのパヴァーヌ、4位ラ・ヴァルス、5位ダフニスとクロエ、という順位だった。Twitter上のクラシック音楽ファンはクープランの墓が好きなのか。順当かもしれないけど、ぶっちぎり1位だったのはちょっと驚きでもある。


ちなみに僕は投票しなかった。元々、自分の中で順位付けをするのはあまり得意ではないし、特にラヴェル作品となると、曲同士の間で「好き」の度合いに差があまりないので、決めがたいものがある。でも上のランキング自体は面白いし、上位5位の中ではクープランの墓ラ・ヴァルスはブログに書いている。あとは左手の協奏曲も書いてるし、ボレロも書いている。昨年はスペイン狂詩曲について書いたので、ぜひ読んでください。


さて、みんなクープランの墓が大好きだとわかったところで、今回は久しぶりにフランソワ・クープランの曲を取り上げよう。前回書いたのは2010年、13年も前なのか……そのときは趣味の融合、コンセール第9番「愛の肖像」を取り上げた。いかにも自分らしいチョイスで苦笑してしまう。

今回はもっと自分らしいチョイスかもしれない。クラヴサン曲集第4巻の第22組曲である。フランス・バロックの作曲家、フランソワ・クープラン(1668-1733)の日本語Wikipediaには以下のように書かれてる。
「クープランの作品の中で主要な位置を占めるのは4巻のクラヴサン曲集であり、約220曲の小品が27のオルドル (ordre) と称する組曲を構成している。彼のクラヴサン曲はアルマンドやクーラントといった組曲で一般的な舞曲よりも、優雅で象徴的な題名を持つ描写的な作品が多くを占めている」
クラヴサン、つまりチェンバロ、ハープシコードとも言うが、鍵盤のための作品約220曲がクープラン作品の中心である、と。モダンピアノで弾く演奏もあるが、古楽の隆盛と共にクラヴサンで弾く演奏は増えまくり、今では聴ききれないくらいの録音がある。組曲でまとめた演奏もあれば、性格的小品であることも手伝って、抜粋やアンコールなど、単品でもよく弾かれる。多数ある曲の中から自分の好きな曲を見つけたり、あるいは色々聴き比べて自分の好きな演奏を選ぶのも楽しい。別に順位を付ける必要はなくとも、お気に入りを見つけられると嬉しいものだ。どんな風に好きになるか、その人の心の琴線に触れるかは人それぞれ。曲も録音も多数あるので、選ぶのが難しいという人もいるかもしれない。そんな人は気負わずに、僕がここでふざけた曲の選び方を提案するので、ぜひこの第4巻第22組曲を聴いてほしい。僕がなぜこの組曲を好きになったか。それはこの組曲は、僕の好きな曲L’Anguille、英語ではThe Eel、日本語では「うなぎ」が入っているからだ。


「うなぎ」をテーマにしたクラシック音楽は少ない。クープランと名前の字面が似ているプーランクの歌曲に「うなぎ」があるが、内容はうなぎそのものとはあまり関係がないのが惜しい。エリック・ウィテカーの合唱曲「アニマル・クラッカー」に「うなぎ」があり、オグデン・ナッシュの詩、こちらは詩の内容も関係あるし、ライミングも面白く美しいハーモニーもあり、ユーモラスな曲だ。あと他には、デンキウナギであれば時々用いられるのを見かける。現代作品ならともかく、クープランはバロック、しかも歌詞もない器楽曲である。この頃からうなぎに目をつけるとは、さすがクープランだ。


うなぎ、ウナギ、鰻。日本の夏の風物詩、うなぎと聴けばすぐ「美味しそう」と思ってしまうが、17~18世紀のフランスでは食べていたのだろうか。知らないけど、蒲焼きにはしなかったはずだし、どうでもいい。土用の丑の日にうなぎを食べるのは平賀源内が発祥かと思っていたけど、調べてみたら諸説あり過ぎてわからん、まあどうでもいい。うなぎを食べて絶滅危惧種だからと非難されることはあっても、うなぎを聴いて文句は言われまい。どんどん聴きましょう。冷房の効いた部屋でチェンバロの音色に耳を傾けるのは夏バテ予防に最適である。これもどうでもいい、かな。暑い暑い日本の夏、皆様、なんとか生き延びましょう。


クープランのクラヴサン曲集は第4巻がラストで、第20~27組曲(オルドル)を収録、生前最後に出版された曲集でもある。出版は1730年、死の3年前に当たる年だ。健康状態も悪化しており、第4巻の序文には遺言めいた言葉が記されている。

「これらの小品は3年ほど前から完成していたが、私の健康は日に日に損なわれており、友人たちは作曲をやめるよう勧めてくれた。私は、これまで私の作品に惜しみない拍手を送ってくれた人々に感謝している。様々なジャンルで、私以上に多くの作品を作曲した者はほとんどいない。家族が私の作品集から何か、死んだことを悔やむような何かを発見してくれることを願っている、死後の後悔が後世に役立つのであれば。しかしながら、ほぼ全ての人が憧れるキメラのような不死を得ようとするなら、そのような考えを持ち続けるしかないのだ。」

こんな文章を読むと、ラヴェルではなく、本当に「クープランの墓」と呼ぶに相応しい曲集はこちらかもしれない。「クープランの墓碑銘」とでも呼ぼうかしら。夏ならば土用の丑ではなく、お盆に聴いた方が良さそうだな。では、第22組曲の曲目を見てみよう。分け方は色々あるけど、一応6つということにしておく。
第1曲はLe trophée、トロフィー、戦利品。ニ長調で明るく始まる、この開始がバッハのブランデンブルク協奏曲第5番の1楽章みたいで耳に残った。「うなぎ」につられてこの第22組曲を聴いてみようと思った僕が、この組曲全体を好きになった理由はそこかも……なんて言ったら怒られそうだな、でも結構それも大きい。壮麗でカッコいい曲だ。第2曲はLe point du jour, allemande、夜明け、アルマンド。穏やかなテンポの舞曲。
第3曲はお待たせしました、L’anguille、うなぎ。なぜ「うなぎ」なのか、さっぱりわからない。もしかすると、ちょっとぬるっとしてる曲だからかもしれない。あの、普段からそんなことを考えながら聴いているので、僕のことを信頼できないやつだと思われた方がいたら、ごめんなさい。本当に、この程度のやつです。第4曲はLe croc-en-jambe、足絡み。舞曲風なので踊っていて足がもつれる様子なのかと思っていたが、このcroc-en-jambeという言葉は、足で挟んで転ばせるという意味らしい。転じて、人を失脚させるという意味や、不満を言って物事を中断させるという意味もあるそうだ。あまりそういう風なイメージは曲から汲み取れない。
第5曲はMenuets croisés、交差するメヌエット。手が交差する曲で、これはクープラン作品にはよくある手法。鍵盤が二段になっているクラヴサンがフランスでよく作られていたかららしい。有名な第18組曲のティク・トク・ショクなどでも見られる。第6曲Les tours de passe-passe、手品、これも手が交差する曲だ。

ウッチェリーニの記事で「副題」について触れたのと同様に、やっぱりクープランの曲名もよくわからないものが多い。またクープランの場合は、組曲を組曲として把握しようとするのも、よくわからない場合が多い。繋がりや対比など、関係性、構造などを紐解こうとしても、ちょっと無理があるだろう。これについては、ピエール・アンタイの弾くクープランのCD(記事下のリンクです)で解説を書いている、同じ鍵盤奏者のフィリップ・ラミンが良いことを言っている。紹介しよう。

「各曲はしばしば、完全に独立した世界の縮図を構成している。一つの組曲の中に動機的、構造的なつながりを求める分析家は、すぐに道を見失うだろう。伝統的なルートでこの世界に入り込もうとすればするほど、穏やかな表面は濁り、そこに求める輝きは失われ、対象は遠ざかっていく。」

僕はこの指摘が全くもって正しいものだと思っている。他の多くのバロック音楽の組曲とは別物だろう。伝統的なルートでクープランの音楽世界に立ち入るのは間違いだとラミンが言ったのを良いことに「うなぎ」から立ち入ってしまったが、クープランに限ってはその方が正解ルートなんじゃないか、とさえ思う。まあまあ、素人の戯言だけれども、大先生たちのお言葉と合わせて、こちらもご笑覧いただけたら幸いだ。高級店のうな重は美味いが、うなぎのタレご飯だって美味いものだ。それにクラシック音楽が夏バテ予防にいいのは本当だ。大体は屋内なので、涼しいしね。もっとそういう方向でプロモーションしたら業界のためになるかもしれない。

Couperin: Pieces De Clavecin
Couperin (アーティスト)


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Author: funapee(Twitter)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more

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