ブリッジ 崇拝:ハイペリオンよ永遠なれ

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ブリッジ 崇拝

前回はイギリスのHyperionレーベルのフランスものだったので、今度こそイギリスへ。フランク・ブリッジ(1879-1941)の歌曲「崇拝」を取り上げよう。もっともこの曲はHyperionレーベルでなくても聴けるが、せっかくなので同レーベルの音盤を上に貼っておいた。ブリッジの歌曲をまとめた珍しい音盤で、ジャニス・ワトソン(S)、ルイーズ・ウィンター(MS)、ジェミー・マクドゥーガル(T)、ジェラルド・フィンリー(Br)、ロジャー・ヴィニョールズ(p)による90年代の録音。


フランク・ブリッジはベンジャミン・ブリテンの師であり、ブリテンの「フランク・ブリッジの主題による変奏曲」で名前を知る人は多い。前回のフローラン・シュミットの記事で、同姓かつ名のイニシャルも同じ作曲家がいるという話をしたばかりだが、今回もまたフランク・ブリッジと同姓で名のイニシャルが同じ、フレデリック・ブリッジ(1844-1924)というオルガン奏者・作曲家が存在する。しかし日本では作曲家のブリッジと言えばフランク・ブリッジのことを指すので、ブログでも姓のみの表記にした。それでも悲しいことに、ブリテンの作品より有名なブリッジの作品があるかというと、多分ないだろう。


大編成よりは小編成の作品が多いブリッジ。中でも器楽、室内楽の分野が名高いが、今回は歌曲にした。その理由は、英国の詩人ジョン・キーツ(1795-1821)の詩を用いた曲を挙げたかったからだ。キーツは好きな詩人の一人である。
海外の詩が好きとか言うとインテリっぽいかもしれないけど、僕は正直、よくわからないなあと思い続けながら愛好している。そもそも「詩の理解」とは何だろう。音楽だって、わからないなりに少しでもわかるところ、いや「わかる」と自分で思い込んでいるところを手がかりにして、とりあえず聴いていると、ふと楽しい瞬間が現れるのであって、詩も同じだと思えたら気が楽になり、適当にリラックスして読むのを楽しめるようになった。こんな鑑賞で良いかどうかは知らん。
それにしたって、ジョン・キーツの「わかりそうでわからない」感じは不思議だ。もう少しスッとわかると良いんだけどな……しかし、読み続けないとその先の段階には行けないだろう。

話が変わるが、先日ヴィヴァルディのフルート協奏曲「ごしきひわ」をブログに書いた。この「ごしきひわ」という鳥は西洋では宗教画に用いられる有名な鳥だけど、日本の芸術作品や日本文学ではめったに見かけない。日本語で見かける場合は翻訳ばかりである。岩波文庫の『キーツ詩集』(中村健二訳)でも出てくる。「小高い丘で爪立ちをした」という美しい詩。抜粋しよう。

Sometimes goldfinches one by one will drop
From low hung branches; little space they stop;
But sip, and twitter, and their feathers sleek;
Then off at once, as in a wanton freak:
Or perhaps, to show their black, and golden wings,
Pausing upon their yellow flutterings.

ときどき低い枝から五色鶸が次々に
飛び降りるが、瞬時もじっとしていない。
水を飲み、さえずり、羽づくろいをする。
今度は気まぐれなのか、すぐに飛び去る。
あるいは黒と金の翼を見せびらかすように、
黄色い羽をはためかせ、中空を舞っている。

美しい自然描写に、原文はリズムも押韻も良い。何よりTwitterという単語が入っているのがポイント高いですねえ、イーロン・マスクも朗読したらよろしい。

キーツ詩集 (岩波文庫) 文庫
中村 健二 (翻訳)


さて、そんなお気に入りの詩人、ジョン・キーツの詩を用いたフランク・ブリッジの作品がAdoration(崇拝)という歌曲だ。ブリッジの歌曲はさほど人気があるとは言えないが、その理由は多分、暗い曲が多いからだと思う。英国のクラシック音楽作品はよく暗いと言われるけれども(クラシックに限らないかもしれない)、同年代のホルストやヴォーン=ウィリアムズの声楽作品に見られる民謡由来の暗さとはまた少し違う暗さが、ブリッジの歌曲には漂っている。あるいはエルガーやウォルトンのオーケストラ作品であれば、オーケストラ音楽としての魅力も十二分に感じられつつ、そこに独特の暗さが存在する、と言うこともできるだろうが、ブリッジの歌曲では暗さの方がちょっと前に出過ぎているように感じることもある。1904年に行われたブリッジの歌曲のコンサートでは「葬式のよう」と批判されたこともあるそうだ。では今回の曲「崇拝」はどうかというと、基本的には暗い暗い音楽で、徐々に明るくなり最後には強い光が差す、そんな曲だ。2,3分の短い曲で、1905年にピアノ伴奏で書かれてから出版までに何度か改訂されている。オーケストレーションされた版もあり、そちらの録音もある。歌詞と拙訳は以下。

Asleep! O sleep a little while, white pearl!
And let me kneel, and let me pray to thee,
And let me call Heaven’s blessing on thine eyes,
And let me breathe into the happy air,
That doth enfold and touch thee all about,
Vows of my slavery, my giving up,
My sudden adoration, my great love!

眠れ! おお眠れよ小さな、白き真珠よ!
汝に跪かせてくれ、そして祈らせてくれ、
そして天国の祝福を汝の目に呼び寄せさせてくれ、
そして幸福なる空気の中で呼吸をさせてくれ、
汝の全てを包み込み触れるよう、
誓うは我が隷属、我が諦め、
我が突然の崇拝、我が大いなる愛!


導入はピアノの長短短(ダクテュロス)のリズム、さながら葬列である。キーツ詩をいくつか読んでいると、彼は「眠り」と「死」を非常に近いものとして捉えていることがわかる。有名なものとしてはOn Deathという詩で、

Can death be sleep, when life is but a dream,
And scenes of bliss pass as a phantom by?

死は眠りではないのか? 人生が夢に過ぎず、
祝福の場面も幻影のごとく過ぎ去るのなら。

このように書いている。「白き真珠」とはおそらく死後まもない人物の顔か肌か、さぞ美しい人物なのだろう。ここから徐々に歌のメロディは低音から高音へ上がっていく。「幸福な空気の中で呼吸させてくれ」にはdolceの指示。dolceでしょう、あまりに純粋な願いだ。自らも天国へ行き、同じ空気を吸いたい。最後の誓いは熱く熱く歌い上げる。ピアノも必死の和音を重ねて、貴方を失った世界で生きる辛さと、天国の貴方への崇拝と愛を誓うのである。直後、再び静かになり音楽は終わる。
オーケストラ版も美しい。序奏はクラリネットが務める。短い曲だが各所でブリッジの楽器の扱いの巧みさがわかるだろう。↓のChandos盤で聴ける。

Frank Bridge : Orchestral Works 6
Richard Hickox


色んな世代の音楽ファンが「レコードからCDへ」、そして「CDから配信、サブスクへ」という変化に直面して、一つの時代の終わりと新しい時代の始まりに喜び悲しみ、歓迎したり拒絶したりしてきているが、僕個人のクラシック音楽鑑賞においてはHyperionレーベルがユニバーサルに買収されサブスクに登場したのは、ちょっと大きかった。サブスクに乗らないだろうと沢山買った自分のお財布事情は一旦置いとくとして、Hyperionくらい質も量も凄いところでさえ、やっぱり身売りしないと厳しいんだなあと、クラシック音楽業界の斜陽っぷりに悲しい気持ちにもなったし、自分も含めこれからはもっと気軽に聴けるなと嬉しい気持ちにもなったし、悲喜こもごも。もし買収されたせいでレーベルの独自性や特色が失われたら「ハイペリオンの没落」というタイトルでブログ書いてやろうと思っていたが、今の所そんな様子もないので安心している。しかしまあ、時代の終わりを感じてしまった。ああ、古のクラシックの巨神たちは、ゼウスの雷霆とアポロンの銀の弓矢によって駆逐されたのであった。Hyperionは死んだ。CDラックの前で泣かないでください、そこに太陽神はいません。高みへ行く者は、死んで、天国へ行ったのだ。儚い現実の奴隷から逃れ、Hyperionはサブスク天国で祝福を得た。サブスク配信は便利で素晴らしい、だけど僕はまだ、田舎の図書館でクラシック音楽のCDを借りては聴いていた、お金もない若かりし日々を忘れられないのだ。僕という個体は、貴方に戻ってきてほしいと感じている。また図書館に。もはや過去の遺物か、真珠のように輝く円盤よ、安らかに眠れ。そして僕にも跪かせて、祈らせてほしい。敬愛するHyperionよ、I adore you、これからも崇拝と愛を誓おう。無駄な出費はしません、毎月定額のお布施をするだけで、天国からHyperionの声を聞くことができるのだ、いわく「天国よいとこ一度はおいで、酒はうまいしねえちゃんはきれいだ」と。

John Keats: Hyperion (Unabridged)

ハイペリオンの没落(上)
ダン・シモンズ (著), 酒井 昭伸 (翻訳)

神統記 (岩波文庫 赤 107-1) 文庫
ヘシオドス (著), 廣川 洋一 (翻訳)

涼宮ハルヒの憂鬱 「涼宮ハルヒ」シリーズ (角川スニーカー文庫)
谷川 流 (著), いとう のいぢ (イラスト)

Frank Bridge: The Complete Songs


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