アルベルガ ヴァイオリン協奏曲第2番「ナルキッソス」:I am in love with myself.

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アルベルガ ヴァイオリン協奏曲第2番「ナルキッソス」

先日「ボブ・マーリー:ONE LOVE」という映画を見た。最近のこういうレジェンドアーティストの伝記映画はライブシーンのクオリティが高くて満足度も高い。とても良かった。レゲエとなるとさすがにクラシック音楽との関わりは薄いが、チネケ!・オーケストラがボブ・マーリーの曲にオケアレンジを施した録音がある。

ボブ・マーリー&チネケ! ・オーケストラ(2CDデラックス)(SHM-CD)
ボブ・マーリー&チネケ!・オーケストラ


ボブ・マーリーにちなんで、ジャマイカ出身の作曲家によるクラシック音楽の話をしよう。結構、そういう曲を探すのは難しかった。ジャマイカとクラシックで検索するとレゲエのクラシック(歴史的名曲)ばかり出てくるので。頑張って探したところ、テッド・ルンシー(Ted Runcie, 1970-)というジャマイカ出身の作曲家/指揮者を発見した。台湾でミュージカルの指揮をしたのがセンセーションだったそうで、今は台湾を中心に指揮と教育活動を行っている。ルンシーの弦楽四重奏曲は録音があり、サブスクでも聴けるのでぜひ。

Jamaican Quartets
Ted Runcie


今回はルンシーではなく、もう一つ上の世代、エリナー・アルベルガ(Eleanor Alberga, 1949-)という作曲家を取り上げたい。ジャマイカで生まれ、当地の音楽に触れながらピアニストを目指したアルベルガ。母はジャマイカで高校を設立し運営するなど、教育に力を入れる人物であり、アルベルガは5歳でピアノを始めることができた。幼い頃から作曲の才能を発揮し、初めて書いた曲は飼い犬アンディを描いたピアノ曲だそうだ。10歳でプロコフィエフやメシアンを弾き、特にバルトークに惹かれたという。ジャマイカのバンドに呼ばれて演奏することも多々ある中、21歳で奨学金を得てロンドンの王立音楽院へ留学。その後はロンドンでピアニストとして活動する傍ら、セミプロのアフリカ舞踊団体でダンスも行う。ヴァイオリニストのトーマス・ボウズと結婚するとデュオ演奏も盛んに行った。2001年には演奏活動から退き、作曲に専念。オペラから器楽、室内楽と多くのジャンルを作曲しているが、オーケストラ音楽がお気に入りだそうだ。2015年のプロムス・ラストナイトのオープニング曲として作曲された“ARISE, ATHENA!”という短いながらも力強い曲が結構知られているかもしれない。マリン・オールソップ指揮BBC響と同合唱団が演奏した。アルベルガは現在74歳。彼女はインタビューで、自身の音楽と人生について2つの大きな要素を挙げている。一つはカリブ海の音楽。そしてもう一つは極めてコンテンポラリーなヨーロッパ芸術音楽。しかしそこにアイデンティティを見出してほしいとは願っていない、音楽で人々に何か人間味のあるものを伝えたい、と語っている。今回紹介するヴァイオリン協奏曲第2番「ナルキッソス」も、今挙げた要素の存在は感じられるものの、確かに重要なのはそこではなく、もっと奥底にある人間的な部分に触れられるような、そんな音楽だ。


NMLではヴァイオリン協奏曲第2番「水仙」と訳されている。Narcissusという副題は、音楽の内容的にはは花の名前ではなく、ギリシャ神話のナルキッソスのことを指す。様々なエピソードがあり、絵画や彫刻、文学、もちろん音楽の題材にもなり、また「ナルシシズム」の由来にもなった絶世の美少年ナルキッソス。水面に映る自らの美しい姿に恋い焦がれるも、自身の恋が実らないことに絶望すると消えるように息絶え、そこに一輪の水仙の花が残ったという話は有名だ。

“ARISE, ATHENA!”もそうだが、アルベルガもギリシャ神話からインスピレーションを得る作曲家で、以前からナルキッソスに基づく作品を書きたいと考えていたそうだ。教育熱心な母のおかげで、幼い頃からオウィディウスの変身物語に親しんでいたアルベルガ。ナルキッソスの物語は、自分自身に恋をした若者の苦境の物語であり、自己愛が極度に歪んだときの人間の精神状態について、非常に重要な根本的なことを語っているとアルベルガは考えた。特に彼女は、英国の詩人テッド・ヒューズによる『オウィディウスの物語』(1997)の解釈に影響を受けたそうだ。ヒューズのオウィディウス解釈自体には賛否あるだろうが、このベストセラーにもなった神話物語の翻訳は良くも悪くも熱く激しく、古代でも現代でも変わらないと思わせるような人間の内側の情熱を描き出す自由詩であり、アルベルガはそうしたところに共感したのだろう。気になる方は「エコーとナルキッソス」だけでも読んでみてほしい。僕は別に学者じゃないので、楽しむ分にはとても良い訳だと思う。

Tales from Ovid
Ovid (著), Ted Hughes (翻訳)


元々はヴィオラ協奏曲として構想を練っていたところ、夫トーマス・ボウズとのヴァイオリン協奏曲を委嘱され、それ用に書いてみたら全てが上手くいった、とのこと。一応三部構成になっているが、すべて繋がっている単一楽章で、20分ほどの長さ。副題のNarcissusの後に、さらにA Perfect Poolと添えられている。完璧な水面。ヒューズ訳のThere was a pool of perfect water.がこの音楽の始まりだと示しているのかもしれない。もっとも、ナルキッソスの物語で起こる出来事を音楽で直接描写するのではなく、この話の精神を捉えて描くというもので、どの楽器が何の役割とか、どの楽想が何の比喩とか、そういう聴き方はそぐわないだろう。それでも、ソロ・ヴァイオリンはナルキッソスの精神だと考えてもおかしくはないと思う。まどろむような前半を終えると、中間部では少しアップテンポしてマーチ風になるのも面白い。何の行軍なのか、色々想像するのも楽しい。決して大きな編成ではないようだが、様々な楽器の音色は効果的に響き、聴き手に多種多様な感情を抱かせてくれる。中間部の最後はヒューズ流の激しい葛藤をも思い出させる、激しいソロ・ヴァイオリンと、それを焚き付け煽るオーケストラ。最高潮で第三部へ入ると、どうしようもなく落ちていく音楽、最後のオチまでしっかり堪能しよう。救いのない、またカタルシスとも言い難い、小さな悲劇。小さいけれど意味深く、現代に生きる人々にとっても身近なものではないだろうか。

Alberga: Orchestral Works


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