ルネ=バトン ヴァイオリン・ソナタ第1番 作品24
音楽の聴き方は無限にあり、どんな音楽がどんな聴き方をしたときに最もグッと来るかは、運次第というか、前もってわかるものではない。クラシック音楽であればもちろん劇場やコンサートホールで聴くのが一番良さそうな気もするが、案外、家で寛いでいるときや、移動中に乗り物の中で聴いているときが一番心に響く、なんてこともあるから面白い。
僕はこのルネ=バトンの音楽を、妻と子どもたちが寝てから、ひとりキッチンで洗い物をしているときに聴いた。あまり洗い物をしながらクラシックは聴かない。静かな部分とか聴きにくいから、大体はラジオだったり、クラシック以外の音楽を流したりしている。けど先日はたまたまクラシックにしようと思い、たまたまルネ=バトン作品集を見つけたので流してみた。あくまでBGM程度、ながら聴きではあるが、1曲目のヴァイオリン・ソナタ第1番の1楽章冒頭から「おっ、良い感じだな、ルネ=バトンってこんな曲作るのか!」と、ちょっとテンション上がったのだ。そして、水を止めて静かになったときに、ちょうど2楽章が始まった。この楽章がなんだか、妙に心の琴線に触れる、民謡風で懐かしさを感じるような音楽だったのだ。詳しく知らない曲だが、五音音階で日本の古い民謡にも似ているメロディ。これが疲れているときに聴くと、なおのことグッと来る。

後で調べてみても、いまいち詳しくはわからないのだけども、どうやらルネ=バトンのルーツであるブルターニュ地方の民謡と関わっていそうである。スコットランド民謡や、ネイティヴ・アメリカンの音楽など、ペンタトニックスケールの民族音楽は世界中に多々あるが、ブルターニュにもそういう要素があるのかしら。まあきっと、各地に色々、五音音階の曲もあったりなかったりするでしょう。そこにノスタルジーを感じるのは、まだギリギリ僕がそういう世代だからなのか。果たして令和生まれたちはどうなのか……ともあれ、疲れているときはどこの国のどこの時代の音楽でも、ペンタトニックスケールでじっくり奏でられると普段以上に胸を打つのはあるあるだと思う。
ルネ=エマニュエル・バトン(1879-1940)、通称ルネ=バトンはフランスのノルマンディーの街、クルル=シュル=メールに生まれた。パリ音楽院でピアノを学び、オペラ・コミック座の指揮者をはじめ様々なオーケストラの音楽監督を歴任。ディアギレフの依頼でバレエ・リュスを指揮してツアーしたこともある。1924年にはコンセール・パドルー(パドルー管)を指揮してベルリオーズの幻想交響曲を世界初録音。この録音はWarnerのベルリオーズ作品全集にも収録されている。
指揮者としてラヴェルの「クープランの墓」の管弦楽版やドビュッシーの交響組曲「春」など多くの作品の初演を務め、ピアニストとしても活動する傍ら、オーケストラ作品やピアノ曲など幅広く作曲も行ったルネ=バトン。当時の最先端の音楽を指揮する一方で、作曲は自身のルーツを深堀りしていくような方向に進んでいった。19歳で一族の故郷であるブルターニュに移住し、ブルターニュの自然や文化は大きな影響を与えたそうだ。ルネ=バトンは「ブルターニュにいる時だけ、私は故郷にいるような気分になる。他の場所では、どこか外国にいるような気分だ」と語っている。1912年のブルターニュ作曲家協会の設立にも携わったそうだ。このブログでも過去に取り上げたジョゼフ=ギィ・ロパルツやルイ・オーベールとも交流し、ロパルツのレクイエム、オーベールのハバネラの初演もしている。
幅広いジャンルを作曲している割には、あまり録音に恵まれていない。Magueloneレーベルから歌曲集が出ているが、それくらいで、ピアノ作品も抜粋が少しだけ、管弦楽作品の録音は見当たらない。フルートのための作品の録音はちらほら見られる。Brilliantが弦楽器とピアノのための室内楽作品集を出してくれて本当に嬉しい。ヴァイオリン・ソナタ第1番は1920年の作品。チェロ・ソナタも、それらを踏まえた上で作られたであろうピアノ三重奏曲もとても良かった。まだヴァイオリン・ソナタ第1番の録音は限られるが、ドビュッシーやラヴェルの室内楽を得意とする奏者にはぜひ取り上げてもらいたいし、音楽鑑賞を趣味とする人にもぜひ聴いてみていただきたい。ブルターニュの作曲家に興味がなくとも、フランス印象派やプーランクなどが好きな人にもオススメだ。
第1楽章Allegro non troppo、主題はテクストがあるのかオリジナルか不明だが、多分に民謡調である。リズムもかっこいい。どこか神秘的な雰囲気もある。力強いヴァイオリンの歌を、厚みもあるピアノがいっそう華やかに飾る。さすがはピアニストだけあって、ピアノパートは技巧的だ。
第2楽章Larghetto、上述した緩徐楽章。ピアノがテーマを奏で、隙間にピッツィカートが入ると大変愛おしい。短い中間部もやはり神秘的に聴こえる。
第3楽章Allegro vivoはバルトークを彷彿とさせる、速い民謡風の舞曲。しかしバルトークとは素材が違う分、どこか少し甘口に感じる。これがブルターニュ風なのかしら。ここでもシンプルで粗野な力もあるヴァイオリンと、ユニークで洗練されたピアノが合わさることで、絶妙な魅力を生む。クライマックスに向かっていくテンションの高まりも素晴らしい。
今後ピアノ作品集やオーケストラ作品集などが聴けることを願うと共に、ブルターニュの伝統音楽との関連がわかるようなアルバムもぜひ聴いてみたい。記事冒頭に貼ったBrilliant盤のジャケットはモネの絵画『エトルタの日没』で、ルネ=バトンが生まれたノルマンディー地方の風景だが、やはりブルターニュを意識するなら『ポール=ドモワの洞窟』などベリールの海を描いた絵の方が合うのかもしれない。いやいや、実は海や島とは関係ない民謡が使われている可能性もある。ピアノ三重奏曲の第2楽章はブルターニュ民謡の“Gwin Ar C’hallaoued”(ガリアのワイン)の旋律が用いられている。歴史的にブルターニュではワインが生産されていなかったため(ノルマンディーと同じ、りんご文化圏)、他の地域で調達しなければならず、ガリアのワインとはそういう意味らしい。ヴァイオリン・ソナタもそんな「酒歌」が使われているかもしれないぞ、と勝手に希望的観測。疲れた心と身体に染み渡る、一杯の林檎酒代わりの一曲であれば、キッチンでふと胸を打つのも不思議ではない。なんてね、都合よく解釈しすぎなのはわかっていますよ。いずれにせよ専門家の知見がほしいところだ。今後に期待しよう。


今日は国立西洋美術館の「憧憬の地 ブルターニュ」展を観てきました。ゴーガン、ドニ、リヴィエールの興味深い作品を多数展示、他にもターナー、モネ、ミュシャなど大変眼福でした🥰 最後の章、日本人画家によるブルターニュも中々面白かったです。さて、今日は何かそれらしい音楽を聴きたいですね😉 pic.twitter.com/14TJ3xePal
— ボクノオンガク (@bokunoongaku) April 6, 2023

都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more