グローフェ ハリウッド組曲
某映画を見てから頭の中がロサンゼルスでいっぱいなので、ロサンゼルスっぽい曲について書こうと思う。ファーディ・グローフェ(1892-1972)の「ハリウッド組曲」だ。グローフェは僕の偏愛する作曲家の一人で、更新ペースの少ないこのブログで既に過去二度も登場している。これで3曲め。2009年に最も好きな組曲「ミシシッピ」、2010年に最も有名な組曲「グランド・キャニオン」、この2曲はグローフェの作品の中で突出して有名であり、他にグローフェの功績としてはガーシュウィンのラプソディ・イン・ブルーのオーケストレーションが挙げられる。ラプソディ・イン・ブルーもこのブログでは昔取り上げていた。
そうすると、残るグローフェの作品はどれもそんなに知名度が高くないし、どうしても有名な傑作に比べると見劣りする節もあるけれども、それでも十分楽しい音楽なので、ここでプッシュしておきたい。特にハリウッド組曲は、ミシシッピやグランド・キャニオンといった自然描写とは違い、まさに都市型エンターテイメント。ガーシュウィンの編曲以外にもこういう曲があると、多くの人に知ってほしいし、ぜひ大まかなストーリーを読んでから聴いてほしい。
グローフェとロサンゼルスの縁は深い。生まれはニューヨークだが、まもなく一家でロサンゼルスへ移住。ロサンゼルスの市立学校に通い、幼くして父を亡くすと母と共にドイツへ(母はチェリストでライプツィヒで3年学んだ経験がある)。ライプツィヒでピアノ、ヴィオラ、作曲を学んでロサンゼルスへ帰り、14歳で家を出る。様々な仕事をしながら音楽も学び続け、17歳から10年間、ロサンゼルス交響楽団でヴィオラ奏者も務めたそうだ。20代半ばでポール・ホワイトマン楽団へ入団、ラプソディ・イン・ブルーの編曲がヒットしたのは30歳の頃。キャリアの前半はニューヨーク周辺での活動が多かったが、50代半ばにはニュージャージーの自宅を売ってロサンゼルスに移住している。
今回取り上げる「ハリウッド組曲」は、元は西海岸の有力なダンス・チームFanchon and Marcoのためのバレエ音楽として構想された。初演は1935年8月15日、ハリウッド・ボウルにて。そのバレエのシナリオをざっくり解説しよう。
何もない空間に「ステージNo.4」と書かれた看板があり、清掃員が床を掃いている。そこへある少女が現れる。その少女こそ「ハリウッド」、その名が全世界に示す雰囲気の象徴――華やかで人工的、グラマーな魅力、ハングリー精神とアメリカン・ドリーム。そんな「ハリウッド」が入場すると、大道具がセットを組み、照明が運びこまれ、衣装を整えられる。あらゆるスタッフたちが忙しく動きながら彼女を呼びつけ、皆が彼女を必要にしているようだが、どうも彼女はすぐに皆から無視されてしまう。監督とカメラマンが配置につき、役者が入る。スター役者は取り巻きを連れてやってくる。「ハリウッド」は苦労してこのシーンのリハーサルを行い、何とか全てうまく収まったところで、スター役者は撮影のために「ハリウッド」を追い出す。しかしこのスター役者が踊れないため「ハリウッド」が呼ばれ踊り、スターの代役を務める。ようやくダンスが終わり撮影終了、皆がバタバタと撤収する中、忘れられたように一人寂しく残される「ハリウッド」。彼女もまた、その日のゴミと共に清掃員に掃き出される、ステージNo.4……。
グローフェは1938年にこのバレエ音楽を6つの場面からなる組曲に再構築した。「ハリウッドの6つの絵」というタイトルも持つ。全曲通して20分ほどの長さ。
第1曲On the Set – Sweepers(セットにて – 清掃員)、これはバレエの筋書き冒頭部分なのだろう。箒で掃いている音がする。楽しい。どこか寂しげで怪しげで、暗い雰囲気もあるけどちょっと滑稽で面白い。1曲めからこのような形でファゴットが活躍するのも珍しい。
第2曲The Stand-In(代役)、これは少女「ハリウッド」のことを指す。彼女はハリウッドの「代役」なのである。華やかで夢見心地なワルツ。上手く着地しない感じが何とも言えない魅力になっている。そしてどこかダーティさも感じる。美しい弦楽のメロディと、ヒリつくような伴奏の不和。
第3曲Carpenters and Electricians(大工と電工)、この組曲の楽しさがあふれる、速いフレーズのオンパレード。ヴァイオリンもキリキリ舞い、金管も忙しなく吹き散らかし、近づいたら危険、振り落とされそうになる。シロフォンの活躍も楽しい。ド派手なクライマックスまで堪能できる。
第4曲Preview(予告編)、一転して可愛らしい音楽。木管の味わいも素敵だし、チェレスタかしら?この音からは多くの音楽ファンがグローフェらしさを感じることができるだろう。メロディ、展開、まるで「山道」を行ってしまいそうだが、あいにくここはハリウッドなのだ。
第5曲Production Number(プロダクション・ナンバー)、要は全体で歌って踊るメイン曲のこと。これは完全にジャズ。サックスやドラムも活躍してビッグバンドの音楽。途中のタップダンスも表現、その裏の弦楽のグリッサンドも素敵だ。そしてビッグバンドと言えば、熱いクラリネット・ソロ。これも堪能しよう。
第6曲Director – Star – Ensemble(監督 – スター – 脇役)、さながら映画のクライマックス、先に書いた登場人物たちにちなんだ音楽なのだろうが、詳しくは不明。しかしグローフェらしさは全開、ストリングスによるメロメロに甘いメロディ、そこをなぞるトランペット、これが良いのだ。電話のベルも鳴っているように聞こえる。ガンガンに盛り上がって、ちょっとニクい終わり方をするのも良い。バレエではもっと静かに終わったのだろうか、知る由もないが、やはり大自然を描くグローフェの有名な「観光音楽」とはまた一味違う、光もあれば闇もある、人間らしい世界、それがハリウッド。なんて、ハリウッド行ったことないけど。
カッコいいし、意外に深みのある音楽だと思う。しかしまあ、とにかく演奏は大変そうだ。でも歴としたコンサートピース。よほど金管に自信がないとアマオケなどでは難しいかもしれないけど、これをめちゃくちゃに上手いオケがやって、生で聴いたら大感動しそうだ。シンフォニックジャズなんかもそうだけどね。仲田守が吹奏楽に編曲しており、You Tubeでは演奏動画もあった。実際に箒を使って掃いているのは見ていても楽しい。オーケストラの録音が少ないのが残念。現代のパワフルなオケでぜひ聴いてみたいものだ。そんな風に音の力だけでも楽しめると思うし、元のバレエの話も知っていたらなお楽しい。グローフェはこんな言葉を残している。
「私の作品の多くは、視覚、聴覚、そして私たちに共通する感覚から生まれたのだと、私は信じています。私がこうした音楽の中でアメリカを語ってきたのは、アメリカが、私に語りかけてきたからに他なりません、それはちょうどあなたに、そして私達の全員に語りかけてきたのと同じように」
いい言葉だと思う。僕も語りかけてくるものに耳を澄ましたい。
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more