ギリス 交響曲第5 1/2番
「思うに作曲家にとって、後世の人々が自分のことをどう思うかなど重要ではない。それよりも、自分の音楽における信念に誠実であることの方が重要だ。作曲家自身が最終的な批評家でなければならず、時流や人気に関係なく、自分自身のものを書かなければならない。彼の人の音楽が民謡の性質を反映しているとして、それは自然なものだからという理由でなければならないし、単に「アメリカ人」であるために民謡の素材を作為的に使うのではいけない。正直であること、これが何よりも、作曲家が必要とする重要な原材料なのだ」
上のように語るのはアメリカの作曲家、ドン・ギリス(1912-1978)、本名はドナルド・ユージン・ギリスという。生い立ちを少し紹介しよう。テキサス生まれ、少年時代からトランペットとトロンボーンを学び、地域や学校のバンド、オーケストラで演奏。高校時代はジャズ・バンドを結成し、作編曲も手掛ける。大学はトロンボーンを活かし奨学生としてテキサス・クリスチャン大学へ。Frog Marching Bandという大学のマーチング・バンドのアシスタントディレクターになり、ここでもマーチング向けにポップスを編曲。このポップスの斬新なアレンジは非常に人気となり、マディソン・スクエア・ガーデンで試合が行われると、試合後に1時間以上もバンドがパフォーマンスをし、観客を沸かせたという。関係ないけど、僕も太鼓叩きの端くれなので映画「ドラムライン」は面白くて好き。
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大学卒業後はノース・テキサス州立大学でさらに作曲と管弦楽法を学び修士号を得ている。地元テキサスのラジオ局でアレンジャー兼プロデューサーを2年間務めた後、1年間NBCシカゴ支局の制作チームへ。1944年、NBCはギリスをニューヨークに呼び、当時最も名高いトスカニーニとNBC交響楽団のチーフ・プロデューサー兼放送作家として、有名音楽家たちと多くの仕事をした。その後は教職や様々な音楽団体のお偉いさんを歴任して、1978年に没。多忙ながらも作曲しまくり、幅広く多数の作品を残した。
そんなドン・ギリスの最も有名な作品が、ちょっとふざけた名前の作品、交響曲第5 1/2番である。1946年、まさにトスカニーニ&NBC響との仕事の真っ盛りといった頃に書いたもので、すでに第5番まで交響曲を書いていたギリスは第6番を書いていたが、新しく書き始めた曲があまりに軽い作風なのでそれを6番ではなく5と2分の1にして発表した、ということらしい。ユーモアがあってとてもいい。
なぜこの曲について書こうと思ったかというと、実は前回ドヴォルザークの交響曲第8番という有名曲の話をしたので、今回はマイナー曲を選ぶぞと意気込んでいた、というのがまず一つ。もちろん、マイナーでももっと知られてほしいという気持ちを込めて書いている。そして、6月も終わりが近く、2023年も折り返しということで、ちょっとこの半期を振り返ってみた、というのもある。今年の初めはもうアイカツの映画公開が自分にとっては大きくて、このブログの選曲にも大いに影響した半年であった。頭の中がロサンゼルスになり、グローフェ、コルンゴルト、ジョン・ウィリアムズと続けざまに書き、それに引っ張られてバーナード・ハーマンまで書いた。5月末にランセンの「マンハッタン交響曲」と、そして前回のドヴォルザークの8番と、選ぶ交響曲は交響曲でもパッパラパーで楽しい音楽ばかり選んでいたので、ここは一つこの半年のまとめとして、これ以上ないほどにパッパラパーのふざけた楽しいアメリカの交響曲の紹介にしよう!と、そういう経緯である。パッパラパーというのは褒め言葉なので怒らないでください。
ギリスの交響曲第5 1/2番は、その軽快な作風もありアーサー・フィードラー指揮ボストン・ポップスが1947年5月に初演しており、同年9月にはトスカニーニ指揮NBC響によって初放送がなされている。ギリスの作品はドラティやカンテッリらも指揮しているし、ギリス自身もまた指揮者として多くの自作を演奏したが、トスカニーニとNBC響はギリスにとって最も大切で、親密な関係にあった。トスカニーニ引退と共にオケが解散した際、シンフォニー・オブ・ジ・エアとして再結成するのに陣頭指揮をとったのもギリスである。また1967年には「アルトゥーロ・トスカニーニ、ア・ポートレート・オブ・センチュリー」という、朗読とオーケストラのための作品も書いている。この曲の録音があるかは不明なものの、トスカニーニへのリスペクトはうかがい知ることができるだろう。
交響曲第第5 1/2番は録音も複数あり、“A Symphony for Fun”(戯れの交響曲)という副題が付けられることもある。残っている昔の録音としては、上述のトスカニーニの演奏がまずひとつ特別なもので、これは市販されなかったが運良くラジオ局に残っており、今はYou Tubeでも聴くことができる。
初の商業録音はギリス自身の指揮による1950年の演奏。新しい録音としてはシンフォニア・ヴァルソヴィアやオールバニ響の演奏もある。また吹奏楽編曲もあり、ハインツ・フリーセン指揮、大阪市音楽団が2003年に取り上げたLive録音も聴くことができる(↓のCD)。吹奏楽で聴くと、この曲が非常に吹奏楽に向いている、まあ要は管楽器がとにもかくにも大活躍するのがわかる。ただ、大阪市音楽団がめちゃくちゃ上手いから良いのであって、アマチュアが上手く聴かせるのはしんどいかもしれない。いや編曲自体は非常に優れているし、いかにも吹奏楽っぽくて大好きなんですけどね。結局バンドの技量がないと、下手でも聴き映えする現代の適当なオリジナル作品よりもギリスの交響曲を選ぶというのは、まあ難しいだろうなと想像できる。また、この曲は管楽器が大活躍する一方で、こう見えて4楽章の本格的な「交響曲である」という皮肉や滑稽さは、どうしてもストリングスが面白おかしく弾いていないと魅力半減、というのもある。とはいえ、多くの吹奏楽ファンが楽しく演奏してきたおかげでギリス作品が現代まで受け継がれているというのもまた事実だ。
シンフォニエッタ~水都のスケッチ~
大阪市音楽団 (アーティスト, 演奏), ラヴェル (作曲), リスト (作曲), & 6 その他
4楽章構成で、第1楽章Perpetual emotion、第2楽章Spiritual?、第3楽章Scherzophrenia、第4楽章Conclusion!、と変わったタイトルが付いている。2楽章と4楽章の?や!も原文ママだし、1楽章と3楽章は、要はダジャレである。忙しなく動き回る1楽章はそれこそジャジーでアメリカンなエモーションの音楽、ヨハン・シュトラウスもひっくり返るアメリカナイズド無窮動だ。2楽章は冗談めいた霊歌的音楽、ここでは新世界の音楽を拓いた天国のドヴォルザークにRIPを捧ぐ。3楽章はその病名の通り、メンデルスゾーンを彷彿とさせる伝統的な交響曲のスケルツォ楽章とアメリカらしい陽気でダンサブルな音楽が入れ代わり立ち代わり現れる不思議な雰囲気。4楽章はペトルーシュカ・イン・ブロードウェイか。ライトミュージックの醍醐味、楽しく聴いてほしい、というコンクルージョン。
ギリスの他の作品を聴けばわかる通り、確かに全体的に聞きやすくて楽しい音楽が多いけれども、別にいつもふざけている訳でなく、例えば他の交響曲には戦時中の作もあり、シリアスな表情もある。ただ、やっぱりふざけたい欲求はあったようで、こんな逸話もあるので紹介しよう。
ある日、ギリスはNBCのプロデューサーとして、NBC響のカルテットのメンバーとラジオ局で待機していた。生放送番組が早く終わった場合は、次の番組の時間までの穴埋めとして音楽を演奏することになっているのだ。そこでギリスは「もし突然、譜面台に新しい曲を置いといたらどうなるのだろう」「全くクラシックの伝統ではない、コンテンポラリーなジャズを並べたら」と自問した。考えるだけで終わらせないのがギリス、猛スピードで数分のカルテットを書き上げ、譜面台に置いて「ハイ、ワン、ツー!」と。カルテットは演奏し、皆で大爆笑。これをオケ用に編曲したのが、この曲のどれかの楽章(1楽章かな?)だとか。書き途中の第6交響曲を中断し、5と2分の1番を書いた、とか。どこまで本当かはわからないが、ありそうではある。
アーサー・フィードラーとボストン・ポップスが初演した後、ギリスは更に書き直し、NBC響で全曲演奏をする手はずを整えると、偶然トスカニーニがそのスケジュール表を見て「5と1/2は何かの間違いか」と。しかし、それが正しい曲名で、しかも自分のとこのプロデューサーが書いた曲と知ったトスカニーニはすぐに楽譜を要求し、そして気に入った。彼にとってはエキゾチックですらあっただろうアメリカン・サウンド、豊富なパロディと洒落た楽章名、知的でありユーモアのセンスもある楽しい交響曲はトスカニーニのお眼鏡にかない、全米屈指のオーケストラによって放送され、瞬く間に人気になり、各地のホールで演奏されたそうだ。
彼は自分の心に正直に従って作曲したのだ、多分それは「音楽で人を楽しませたい」という心、信念である。それが叶った、これは傑作交響曲だ。これぞアメリカ南部の音楽精神の真髄、とまで言ったら大げさか。ともかく、僕らも楽しく聴こうじゃないか。
Symphonies 1 2 & 5 1/2
Don Gillis (作曲), Ian Hobson (指揮)
都内在住のクラシック音楽ファンです。コーヒーとお酒が好きな二児の父。趣味は音源収集とコンサートに行くこと、ときどきピアノ、シンセサイザー、ドラム演奏、作曲・編曲など。詳しくは→more